培養肉の開発では製造プロセスの最適化が重要となるが、これには莫大な時間がかかり、大きな課題となっている。
製造プロセスの最適化には、適切な培地の開発や、細胞ごとに最適な成長条件の模索などが必要になる。
しかし、多くの企業は細胞培養プロセスでベンチトップ型のバイオリアクター、つまり実験台の上に置くタイプのバイオリアクターに実験を頼っており、求められる膨大なテストの実施にインフラ設備がおいついていない。
バイオテクノロジーを使って社会、環境を考えられるかもしれないという素晴らしいアイディアをひらめいても、そのひらめきを実行に移すすべがなく、つまずくスタートアップが多い。
この問題を解決するのがサンフランシスコを拠点とするCulture Biosciencesだ。
同社は、企業に自社のクラウドベースのバイオリアクターを使えるサービスを提供している。
高価な実験設備であるバイオリアクターをたくさん揃え、クラウドで実験設備を「貸し出し」ている。まさに、バイオテクノロジーにおけるAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)だ。
こうすることで、取引企業は設備にかかる高額なコストをかけずにすみ、商品をより早く市場へ投入できるようになる。
「将来性のある商品が大量生産に失敗する事例はあまりにも多いです」
とCEOのWill Patrick氏が語るように、現場では、自分たちでバイオリアクターを運用する煩雑さを取り除き、バイオリアクターから可能な限り早くデータを収集するソリューションが求められていた。
このソリューションをCulture Biosciencesは提供した。
同社のサービスによって、スタートアップは、バイオリアクターの購入、設置、運用、保守といった研究の「コア」でない部分から解放され、ビジネスの本質的な部分にだけ注力できるようになった。
顧客がテストしたい細胞や培地をCulture Biosciencesへ送付すると、同社が代わりに実験を行う。その状況はweb上でリアルタイムで確認できる。必要があれば、実験条件を変更することもできる。
データはリアルタイムで分析、可視化され、実験が完了すると翌日には、サンプルが発送される流れとなっている。
ハイスループットな哺乳類細胞培養の性能を実証
Culture Biosciencesはこのほど、CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)を使った細胞培養で、ハイスループットな哺乳類細胞培養の性能が実証されたことを発表した。
この実験では、同社は、250mLクラウドバイオリアクターを使って、顧客から提出された2つのCHO細胞株を増殖、評価した。
第1フェーズでは、同社クラウドバイオリアクターの再現性が実証された。第2フェーズでは、顧客の1Lベンチトップ型バイオリアクターからCulture Biosciencesのクラウドシステムへのスケールダウンが成功し、スケーラビリティが実証された。
つまり、Culture Biosciencesで実施した実験結果は、顧客が実施したものと一致し、同社のクラウドバイオリアクターを使うことによる再現性・スケーラビリティが実証されたことになる。
スケーラビリティとは、(当メディア運営者の理解では)実験が大規模または小規模になっても(ここではバイオリアクターが1Lでも250mLであっても)、細胞の生存率、濃度、密度、pHなどのパラメータが同等であることを意味する。
再現性とは、同じ手法で繰り返し実験した場合に、一致した結果が得られる程度を意味する。
Culture Biosciencesのハイスループットなバイオリアクターを活用することで、顧客は菌株やクローンのスクリーニングを効率化し、市場投入を早めることができるようになる。
「時は金なり」をバイオ産業に
Culture Biosciencesは2018年に設立されたアメリカのスタートアップ。
Google出身のWill Patrick氏は、TSMCなどの半導体の専業ファウンドリや、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)のようなサービスがバイオの世界には不在であることを疑問に思っていた。
ファウンドリとは半導体デバイスを実際に生産する工場を指す。
半導体の設計と製造を分業し、ウェハプロセスの製造を受託する。
Patrick氏はAWSやTSMCの「バイオ版」を自身で立ち上げることを決意し、クラウドバイオリアクターサービスを提供するCulture Biosciencesを設立した。
同氏のビジョンは、クライアント企業がCulture Biosciencesを使用することで、6~12ヵ月前に実験計画を立てたり、装置の稼働・保守といった煩雑な作業をしたりする労苦から解放され、代わりに、すばやく、苦労せずにデータを入手して、商品を市場に出せるようにすること。
まさにバイオ版の「時は金なり」を具現化したビジネスモデルといえる。
同社のサービスを導入すると、従来であれば実験開始までに半年から1年半かかっていたのが、1ヶ月以内にスタートできることが下記の図で示されている。
Culture Biosciencesはバイオテクノロジー企業Zymergen(ザイマージェン)、アニマルフリーな卵白を開発するフードテック企業Clara Foods(クララフーズ)、細胞農業で人工レザーを開発するModern Meadow(モダンメドウ)など著名な企業のほか、バイオ医薬品企業Nektar Therapeutics、人工パーム油を開発するC16 Biosciencesなどの企業へサービスを提供している。
2020年2月のインタビューでは、50社以上のクライアントがいることを明かしている。
2020年3月にはシリーズAで1500万ドルの資金調達を実施した。この資金で、バイオリアクターの性能を3倍にし、バイオマニュファクチャリングのデジタル化に必要なソフトウェアの開発にあてるとしていた。
Patrick氏は次のように語っている。
「製品を安く市販化するために製造プロセスを最適化することは、培養肉企業が研究開発で直面する最大の課題です。Culture Biosciencesは製造プロセスの最適化をサポートします」。
培養肉開発のハードルがこれで1つなくなろうとしている。
参考記事
With $15M Series A, Culture Biosciences Is Growing Cells In The Cloud
アイキャッチ画像の出典:Culture Biosciences