Pairwiseは収量も栄養もあるのに、匂いなどの理由で人気のない食品を、ゲノム編集を使って食卓の主役に変えようとしている。
たとえば、からし菜には栄養があり、採れやすい野菜だが、ツンと鼻をつく匂いや辛味がある。
そのため、レタスやルッコラのように、サラダとして気軽に食べられる野菜にはなっていない。
Pairwiseはクリスパーキャスナインと呼ばれるゲノム編集技術を使って、辛味と匂いのないからし菜を開発している。
標的DNAを狙い撃ちするゲノム編集
クリスパーキャスナインを説明する前に、ゲノム編集と遺伝子組換えの違いを説明しておこう。
ゲノム編集と遺伝子組換えの違い
わかりやすくいうと、遺伝子組換えは「あてずっぽう」で、ゲノム編集は「狙い撃ち」だ。
複数いる人に向かってとりあえずボールを投げて、誰がキャッチするかわからないのが遺伝子組換え。
確実に1人をめがけてボールを投げるのがゲノム編集だ。
遺伝子組換えは偶然に頼った技術で、遺伝子を組み込みたい場所がわかっていても、ねらい通りに組み込むことがかなり難しい。
狙っていない場所に遺伝子が入ってしまうため、何万回と実験を繰り返して、偶然うまくいったものを探し出すしかない。
たとえば、サントリーの研究グループが開発した青いバラは成功までに14年間かかったという。
この途方もない時間と労力を一気になくしたのが、ゲノム編集だ。
遺伝子の狙った場所を正確に切り取ることができる。
まさに狙い撃ちができる技術といえる。
ポイントは、壊れた部位を修復しようとする生物の本来の働きを利用していること。これにより、自然修復時に塩基(糖、リン酸とともにDNAを構成する分子で4種類ある)の欠失や挿入を生じさせたり、ハサミ役と一緒に組み込みたい遺伝子を送ることで、狙った箇所に遺伝子が組み込まれたりする。
こうしたゲノム編集技術は、大きく2つの登場人物から構成される。
前述のとおり、ガイド役とハサミ役だ。ガイドが遺伝子の標的部位までハサミを連れて行き、目的地に到着したら、ハサミが標的部位を切断する。
クリスパー誕生の前にも、ゲノム編集技術には第1世代、第2世代といわれるZFN、TALENがあった。しかし、ガイド役・ハサミ役どちらもタンパク質でできているため、合成が大変難しかった。特に、ガイド役は標的部位のDNA配列ごとに作り直す必要があり、これが大変だった。
クリスパーキャスナインでは、ハサミ(キャスナイン、Cas9と呼ばれる)は同じくタンパク質でできているが、ガイド役はタンパク質ではなく一本鎖RNAとなる。
タンパク質を設計・合成する場合に比べると、RNAを合成する方がはるかに手間はかからないため、ゲノム編集をこれまで以上に簡単にできるようになった。
クリスパーキャスナインの登場は、ゲノム編集において大きなブレイクスルーだった(もう少し詳しい解説はFoovo佐藤の個人ブログをみてほしい)。
Pairwiseが使うのも、クリスパーキャスナインだ。
現在はからし菜のほかに、チェリーやベリーの開発にも取り組んでいる。
からし菜は栄養価があり、収量の多い野菜だが、匂いや辛味で幅広く使うのには適していない。Pairwiseはからし菜から「人気のない部分」をなくし、新たな食卓の「主役」にしようと試みている。
同社によると、味や香りだけでなく、ゲノム編集によって保存期間や収量、採取時期なども改善できる可能性があるという。
米国農務省(USDA)はゲノム編集食品へのアプローチを加速
Pairwiseのようにクリスパーキャスナインを使って、既存の食品の「欠点」をなくそうとする会社はほかにもある。
イスラエルのUKKOはグルテン遺伝子を改変し、食べてもグルテンアレルギーを起こさないグルテンの開発に取り組んでいる。
「新しいグルテン」はアレルギーを引き起こす悪い部分だけが取り除かれ、本来の機能性や味、健康に良い部分は残されている。
Spoon誌によると、Pairwiseはゲノム編集したからし菜について、昨年の8月にUSDA(米国農務省)から承認を得ている。
Pairwiseはからし菜に取り組む理由について、レタスのような外観をしているため、匂いを取り除けばレタスのようになること、そしてケールの約3倍の収穫量があることをあげている。
クリスパーキャスナインを使った食品にはまだ乗り越えなければならない規制の壁があるが、昨年末、米国農務省(USDA)は、ヒト用のゲノム編集動物に関する規制監督をFDAから引き継ぐことを提案する修正案を提出した。
この提案が可決されると、ヒト用のゲノム編集した動物の規制監督が、USDAへ完全に引き継がれることになる。この修正案に対する意見募集は今月26日までとなっている。
この動きは、USDAがゲノム編集動物についてアプローチを加速させたい表れといえる。
シリーズBで9000万ドルを調達
Pairwiseは今月、シリーズBラウンドで9000万ドル(約94億円)の資金調達を実施した。
これまでの調達総額は1億1500万ドル(約120億円)となる。
今回のラウンドは、Pontifax Global Food、Agriculture Technology Fund、Deerfield Management Companyが主導した。
シンガポール政府が所有する投資ファンドのテマセク、Leaps by Bayerも参加した。
Pairwiseは調達した資金で、改良した野菜や果物を開発し、市場へ投入したいとしている。
Pairwiseの技術は、食べにくかった野菜が食べやすくして食料供給を増やすほか、病気になりにくい野菜の開発も可能にする。
まだ見出されていない新しい食材が見つかる可能性もある。
同社によると、700種を超えるキイチゴの中で、アメリカではブラックベリーとレッドラズベリーだけが消費者に広く販売されているが、食料品店の棚に並べられる品種はもっとあるはずだとPairwiseは考えている。
Pairwiseは2017年に設立されたアメリカ・カリフォルニアを拠点とするスタートアップ企業。
最初の商品は2022年に市場に出す予定だという。
参考記事・書籍
Pairwise Raises $90M Series B for its CRISPR Food Tech
CRISPR’d Cows: Proposed Rule Change By USDA Could Accelerate Gene-Edited Animal Production
Pairwise Gets Greenlight from USDA for CRISPR-Engineered Mustard Greens
遺伝子組み換えとどこが違う? 食卓を魅力的に変える「ゲノム編集」
アイキャッチ画像の出典:Pairwise