畜産農家のなかには、古くからのやり方はよくないと思いながらも、ほかに生計を立てる方法がなく、仕方なく続けている人もいる。
祖父の代から受け継がれた農場を自分の代で廃業し、新しいことを始めることに恐怖と重圧を感じる人もいる。動物を殺すことに良心の呵責を感じながらも、どうすることもできないで自分を責める人もいる。
イギリスで農家を運営するジェイ・ワイルド氏もその1人だった。
しかし、ワイルド氏は父親から受け継いだ農場を変えることを決意。
近隣の農家との関係は希薄になり、「おかしな農場」と批判されたが、畜産から植物性ミルクの生産へとシフトした今、「夢が現実になった」と語っている。
畜産農家のビジネスモデル転換を支援するRefarm’d
イギリス・アシュボーンにある農家Bradley Nook Farmは2017年、植物性乳製品のビジネスへ転換することを決めた。
以前は乳産業を営み、有機牛肉も生産していたが、畜産を廃業。
現在は、倫理的でサステイナブルなプラントベースのオーツ麦ミルクを生産している。
Bradley Nook Farmのビジネスモデルの転換を支援したのは、ロンドンを拠点とするスタートアップ企業Refarm’dだった。
Refarm’dは農家が「変身後」に生産する植物性ミルクを販売するプラットフォームを提供する。
農家が作る代替ミルクはRefarm’dのサイトで販売され、ユーザーは定期購入や単回購入など選ぶことができる。
このプラットフォームがあるおかげで、農家はビジネスモデルを変えた後に、商品が売れるか心配しなくてすむ。
畜産農家からヴィーガン農家への「型破り」なシフト
Bradley Nook Farmを運営するジェイ・ワイルド氏、カジャ・ワイルド氏の物語は15分のドキュメンタリー映画『73 Cows』にまとめられている。
映画では、牛たちを屠殺場でこれ以上殺すことができないと苦しむワイルド氏が、良心の呵責に苦しみながらも、ビジネスシフトする過程で直面する恐怖心、重圧など、心のうちが語られている。
牛を手放すことは、それまでの人生を否定するような「型破り」な転換であり、「怖かった」とドキュメンタリーの中で語っている。
ヴィーガン農家に転換するにあたり、ワイルド氏夫妻は牛を屠殺場へ送るのではなく、ノーフォークにあるサンクチュアリ(Hillside Animal Sanctuary)に移すことを決めた。
しかし、すぐに新しいビジネスにシフトできたわけではなかった。
ジェイド氏はRefarm’dと出会い、同社の農家を非難するのではなく、日常生活を徐々に変えながら生計を立てることができるというコンセプトに感銘を受けたと語っている。
ジェイド夫妻が作るオーツ麦ミルクはRefarm’dのサイトで販売されている。
定期購入型で販売されるオーツ麦は、すべて配送直前に作られる新鮮なもの。
現在、デリバリーの受け取り方法は、指定された10の受取場所で受け取るか、農場で直接受け取るかのいずれかとなっている。再利用可能な瓶を使用しており、使用済みの瓶は次の配達時に回収される。
ワイルド夫妻の農家はRefarm’d の最初のパートナーとなった。同社はワイルド氏夫妻の農家のほかに、スイスでもこれまでに2つの農場のビジネスシフトを支援している。
代替食品への移行には農家への支援が不可欠
Refarm’dは自身がヴィーガンであるGeraldine Starke氏が創業したスタートアップ。
畜産による動物虐待に心を痛めていたStarke氏は、自ら調査を実施。
元農家、現役農家に話を聞き、実際には彼らの多くが畜産からのシフトを望んでいることを知る。しかし、農家にある選択肢は、全く違う仕事を選ぶことで、それは農家がこれまで蓄積したものを手放すことを意味した。
そこで、このギャップを埋めるための生き残り策を考え、生産者、顧客をつなぐプラットフォームとなるRefarm’dが生まれた。
Refarm’dはプラントベースミルクから事業を始めたが、今後はチーズ、ヨーグルト、バター、クリームなどにも展開したいと考えている。また、酪農家だけでなく、動物肉を扱う畜産農家のビジネス転換も支援したいと考えている。
Starke氏は、動物肉を作るためのプロセスや知見を活用して植物肉を作れると考えているが、代替肉へのシフトはより複雑で知見が求められるため、農家が比較的着手しやすいプラントベースミルクから始めたという。
オータリーによる転職支援サービス
農家を持続可能なビジネスへシフトする支援を最初に実施したのは、スウェーデン企業オータリーだった。
2017年、オータリーはAdam Arnesson氏のビジネス転換を支援した。
Arnesson氏が栽培するオーツ麦は、羊、豚、牛用の動物飼料に使われていたが、オータリーの支援を受けて、現在ではオーツ麦ミルクの原料として使用されている。
このほか、鶏と牛の飼育から、キノコを生産する農家へキャリアチェンジした事例もある。
温室効果ガスの排出量や森林伐採、水の大量消費など、畜産の限界や問題点が指摘されているが、ビジネスシフトをしたくても、代々にわたり受け継がれてきた「歴史」が重圧となったり、変化を起こすことに恐怖を感じたりして、行動に移せない農家もいる。
持続可能な社会を実現するためには、既存の畜産業にいる人たちを批判するのではなく、彼らが置かれた状況を理解することが第一歩となる。
代替肉、代替乳製品は必要だが、既存産業の生き残り策も考えなければ、共創は難しい。
Refarm’dのように、既存の畜産農家がそれまでの知見を活かして、新しいビジネスに参入できるようにする支援が日本でも求められている。
▼ワイルド夫婦を描いたドキュメンタリー映画『73 Cows』
参考記事
Dairy Farmers Ditch Cows To Make Oat Milk Delivered In Reusable Bottles
Dairy Farmers: How to Go From Dairy to Plant Milk, From a Farm to a Sanctuary