Cultured Meat Symposium主催者のAlex Shirazi氏
2025年3月27日、細胞農業に関わるスタートアップや業界関係者を対象にした培養肉シンポジウム「Cultured Meat Symposium Japan(CMS Japan)」が渋谷で開催された。
これまでアメリカで開かれてきた同シンポジウムが日本で行われるのは今回が初であり、国内外から約65名が参加した。
今回の開催は、日本細胞農業協会理事・岡田健成氏が2024年にアメリカのCMSに参加した際に出会った、ポッドキャスト「Future Food Show」主宰のAlex Shirazi氏との縁によって実現。

岡田健成氏 Foovo(佐藤)撮影
年末の構想立ち上げからわずか3ヶ月で、イギリスのHoxton Farms、アメリカのBalletic Foods、Livestock Labs、シンガポールのUmami Bioworks、日本のインテグリカルチャーやオルガノイドファームなどが一堂に会した。

Alex Shirazi氏 Foovo(佐藤)撮影
開会挨拶に立ったShirazi氏は、「カリフォルニアのPlug and Playで開催したCMSを、日本のPlug and Playで開催できて光栄です」と語り、幼少期にたこ焼きを初めて見たときの“恐れ”の記憶を引き合いに、「今は恐れられているかもしれない培養肉も、将来は全く“当たり前”になるでしょう」と、細胞農業の未来に希望をこめた。
サプライチェーンの未整備という課題

羽生雄毅氏 Foovo(佐藤)撮影
日本初の細胞農業企業であるインテグリカルチャー創業者兼CEO(最高経営責任者)の羽生雄毅氏は、細胞農業が抱える構造的問題として「サプライチェーンの未整備」を挙げた。
「誰かがこれを開発しなければなりませんが、一社だけでは不可能です」と語り、上流企業との協力により、下流プレーヤーが必要とする資材を提供する“包括的なパッケージインフラ”の必要性を強調した。
同社は、細胞培養上清液を原料とした化粧品原料「Cellament」をすでに市場投入しており、「化粧品では細胞農業は“産業”になっています」と羽生氏は述べた。培養肉企業で企業秘密とされがちな培地についても、独自開発した食品原料から成る基礎培地「I-MEM(アイメム)」では、その組成をオープンにすることで、消費者の信頼と理解を得る逆アプローチを実践していると語った。
- Foovo(佐藤)撮影
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アジア進出を狙うHoxton Farms

Max Jamilly氏 Foovo(佐藤)撮影
豚の培養脂肪を開発する英Hoxton Farmsからは、創業者兼CEOのMax Jamilly氏が登壇。
同社は今後18〜24ヶ月以内にシンガポールでの認可を取得し、最初の市場として進出する計画を明らかにした。続いてイギリス、日本、韓国、タイへの進出を見据える。
当日には住友商事との提携も発表され、アジア市場への進出に本腰を入れている。Jamilly氏は日本での製造を計画しているとFoovoに述べた。
カスタマイズ可能な培養脂肪を開発するHoxton Farmsは、初期ではB2Bで外食産業向けの供給から始め、将来的にはB2Bによる小売、さらには消費者向け製品の展開も構想している。
ロンドンのパイロット工場では、1年前のグラム単位から、現在は月産キログラム単位へと拡大している。バイオリアクターの大型化によるスケールアップではなく、独自開発したモジュラー型バイオリアクターをスケールアウトする戦略で、総計500リットルでの培養が可能になっている。
価値から逆算した商品コンセプトを進めるUmami Bioworks

本田二仲氏 Foovo(佐藤)撮影
シンガポールのUmami Bioworksで商品・戦略マネージャーを務める本田二仲氏は、世界的なシーフード需要の増加と供給不足に言及。2050年には7,000万トンの供給ギャップが生じる可能性があるとし、同社はこうした課題に対応する培養魚技術を開発している。
細胞や成長因子、培養プロセス技術などを提供するB2Bプラットフォームプロバイダーとして、大手食品・水産企業と共同で、社会実装を目指す。
同社は絶滅が危惧されるウナギやキャビアをはじめ、ペットフード、白身魚、マグロ、ロブスターなど幅広い魚種を開発しており、2025年にペットフード、2026年にはウナギとキャビアの上市を計画していると本田氏は述べた。
- 出典:Umami Bioworks
- 出典:Umami Bioworks
先月にはシンガポールで細胞培養によるウナギ・キャビアの試食会を開催した(上記写真)。
なかでも、価格高騰、絶滅リスク、若年層の消費離れが目立つウナギに注目し、コラーゲンやオメガ3などの栄養価、美容や集中力、スタミナといった機能性を訴求することで、若年層からアスリート、受験生など多様な層にアピールする商品コンセプトを展開している。
技術の最適化を目的とするのではなく、“消費者に届ける価値”から逆算して商品コンセプトを構築する姿勢も、同社の特徴だ。
「ウナギという国民的な宝を、手頃で魅力的なかたちで次の世代に引き継いでいけるようにしたいと考えています」(本田氏)
培養和牛でB2Bモデルを目指すオルガノイドファーム

山木多恵子氏 Foovo(佐藤)撮影
日本発のスタートアップ、オルガノイドファーム(代表取締役・CEO・山木多恵子氏)は、日揮グループと連携し、培養和牛の量産体制の構築に取り組んでいる。
高品質な和牛組織を畜産農家から倫理的に取得し、一次細胞の5倍の増殖性を持つ不死化筋肉細胞を独自に開発。足場なしで生産する懸濁培養システムを確立した。
山木氏は、2025年にキログラム単位での試験生産を開始し、2030年までに1万リットル規模の商用工場稼働を目指すと述べた。同社は製品販売は行わず、細胞株や培養プロセスのライセンス提供を中心とするB2Bモデルで事業展開する方針で、パートナー企業のニーズに応じた細胞株やスケールアッププロセスの共同開発にも対応していくという。
垂直統合から専門特化へ──Cultivated Meat 2.0

Andrew Sayles氏 Foovo(佐藤)撮影
Livestock Labsの共同創業者で、以前Misson Barnsに勤めていたAndrew Sayles氏は、培養肉業界が、全てを自前で開発する「垂直統合モデル」から、細胞株・培地・足場・バイオリアクターなど要素技術ごとに専門特化した“Cultivated Meat 2.0”の時代へと移行していると指摘。
各社が得意分野に特化することで業界全体のリスクを軽減できると考えており、Livestock Labsは遺伝子組換えにより、家畜種の高性能な細胞株の開発に特化している。
Sayles氏はまた、業界の再活性化に向け、技術力を可視化する「Cultivated Meat Games」の構想も紹介。
これは、世界中のスタートアップや研究機関、政府、非営利団体などが参加し、細胞株・培地・足場・バイオリアクターといった要素技術ごとの性能を比較・評価する国際的なコンペ式イベントを目指すもので、投資家や政府に成果を可視化すること、業界内の協業促進、消費者への理解促進を狙っている。2026年の初開催を目指し、複数の関係機関が連携しながら準備が進められているという。
業界の再構築に向けた提言

Anita Broellochs氏 Foovo(佐藤)撮影
Balletic Foods創業者のAnita Broellochs氏は、培養肉業界が資金調達の停滞や規制の不透明さに直面し、多くの企業が閉鎖・縮小を余儀なくされている現状を指摘。VC投資は2021年をピークに急減した。
こうした状況を受け、「このゲームの進め方を変える必要があります」と述べ、業界再構築に向けた8つの提言を提示。
政府の資金支援、オープンアクセスな研究の促進、分野横断的なパートナーシップ、消費者に寄り添う姿勢、明確な規制ルール、製造インフラの整備、適切な情報発信、業界全体での基準づくりを挙げた。
なかでも「消費者への向き合い方」を重視し、「私たちは本当に消費者の課題を解決しようとしているのか? 消費者に変化を求めて、この技術を受け入れさせようとしているのか?」と問いかけた。
例として、アメリカのIKEAで、価格も味も条件の揃った3ドルの植物性ミートボール料理よりも12ドルの肉料理が選ばれている実例を挙げ、「消費者が抱えていないかもしれない問題を作り出すべきではありません」と述べ、消費者の今いる位置(考え)に寄り添う姿勢を強調した。
同社では、精密発酵技術により必須アミノ酸をすべて含む肉タンパク質の開発を進めている。
筆者所感
大きな発表が次々と飛び出すというよりも、むしろ、各社の足元の取り組みや、業界の失速が指摘されるなかでの再構築・再活性化に向けた課題意識やアイデアが共有されたことに、この会の意義があったように思う。Balletic Foodsの話からは、慣習を変えることの難しさを痛感し、消費者にどう向き合えばいいのか、答えのない問いが今も頭に残っている。
スターバックスが“第三の場所”としてブランドを築いたように、培養肉もまた、新しいカテゴリーとして確立されることが、社会実装に向けた前提になるだろう。その点で、Umami Bioworksのように“消費者に届ける価値”から逆算して商品を設計する姿勢が、これからどう展開していくのか注目したい。
会場では質疑が絶えず、参加者の関心の高さがうかがえた。日本では法整備がまだ整っていないが、それでも日本市場を視野に入れる海外スタートアップが増え、こうした国際的なイベントが継続されていくことで、日本の細胞農業エコシステムも少しずつ厚みを増していくと感じる。
何より、国や立場を超えた交わりのなかで、培養肉という“これまでになかったカテゴリー”が形を持ち始め、スタンダードになっていく──その過程にリアルタイムで立ち会っていることに、イベントを通じて終始ワクワクしていた。
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アイキャッチ画像はFoovo(佐藤)撮影