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動物を殺さずに動物性脂肪を開発する英Hoxton Farmsが約3.9億円を調達

 

イギリスのスタートアップ企業Hoxton Farms(ホクストン・ファームズ)がシードラウンドで270万ポンド(約3.9億円)の資金調達に成功した。

Hoxton Farmsはフードテックのカテゴリーでわけると「培養肉」に属するスタートアップ企業。

しかし、同社は肉は開発しない。代わりに、動物性脂肪を開発している。

本物の肉と感じるうえで不可欠な「動物性脂肪」

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ビヨンドミートやインポッシブルフーズなど有名な植物ベースの代替肉は、キャノーラ油、ひまわり油、ココナッツオイルなどを使用して、動物肉らしい「肉らしさ」を再現している。

植物油にはさまざまな健康上の効果があるとされているが、風味では動物性脂肪に劣り、「植物肉」を「本物の肉」のように感じさせる効果は動物性脂肪に及ばない

持続可能性が問題視されるパーム油の使用について、日清食品グループのように持続可能なパーム油を調達すると宣言し、環境に配慮している企業もある。

しかし、できることなら生態系に与える影響のない本物の動物性脂肪を作れるに越したことはない

出典:Hoxton Farms

こうした、あともう少しの部分を細胞農業で補うのがHoxton Farmsだ。

脂肪は肉を食べたときに肉と感じるための「感覚に訴える最も重要な成分」だとHoxton Farmsは考える。

他社が動物の筋肉細胞を採取して培養して肉を作る代わりに、Hoxton Farmsは動物から脂肪細胞を採取して、バイオリアクターで培養して動物性脂肪を作り出す。

他社の培養肉企業と同様、製造工程で動物を殺すことはない

合成生物学と数理モデルをかけあわせる

Hoxton Farmsは合成生物学者のMax Jamilly(マックス・ジャミリー)氏と、数学者のEd Steele(エド・スティール)氏が共同で立ち上げたスタートアップ。

ジャミリ―氏はオックスフォード大学で白血病患者のがん検診にクリスパーを使う研究に従事、博士号を取得している。一見すると、培養脂肪の開発には無関係にみえるが、実際は哺乳類細胞の大量生産の研究に焦点をあてていたという。

スティール氏は機械学習の修士号を取得、テクノロジー業界でキャリアを積んできた。

Ed Steele氏(左)とMax Jamilly氏(右)出典:Hoxton Farms

諸外国ではビヨンドミートやインポッシブルフーズの代替肉はすでに市民権を得ているものの、本物の肉と比較して代替肉に失望する人もいる。

決定的な理由は、植物肉に動物性脂肪がないことだと2人は考える。

幼少期から交友関係にあり、全く異なるバックグラウンドをもつ2人のスキルを掛け合わせて誕生したのがHoxton Farmsだ。

現在、脂肪細胞は大量かつ低コストには生産されていない。これは血清として使うウシ胎児血清(FBS)が非常に高価であることと、FBSは生まれていない子牛を使うため、動物を殺さない生産方法と言いながらも倫理的に問題とされるためだ。

出典:イート・ジャスト

2020年年末に培養肉の販売許可を取得したイート・ジャストをはじめ、多くの培養肉スタートアップはFBSを使わない生産プロセスにシフトしている。

世界で最初に培養肉ハンバーガーを発表したモサミートも、生産プロセスからFBSの除去に成功し、大幅なコストダウンを実現している。

Hoxton FarmsにとってもFBSの使用は「論外」だ。

そこで、スティール氏が得意とする数理モデルを活用し、幹細胞から脂肪の培養、収穫までの全プロセスを再現し、各ステップを細部にわたって最適化した。

「マックスと僕のスキルを組み合わせることで、生産コストを下げて、スケールアップできるようになりました」(スティール氏)

コロナが創業を後押し

Hoxton Farmsの設立は2020年とまだ新しい。

起業を後押ししたのは、新型コロナウイルスの発生だった。

モンペリエ大学の論文によると、牛の増加と人間の病気の発生数に正の相関があること、地球上の家畜が増えることは生物多様性に脅威になるだけでなく、人間や動物の健康面のリスクを増大させることが報告されている。

豚の集約畜産 出典:ウィキペディア

近年増えている感染症のうち、既知の感染症10個のうち6個以上が動物由来とされ、新規感染症については、75%が動物由来であると科学者らは推定している。

コロナウイルスも人獣共通感染症であり、家畜に代わる食料システムについて議論しないことは、今後発生するであろう未知の感染症について、無策でいることに等しい。

こうした従来の食肉システムの問題点がコロナでさらにクローズアップされ、2人の若者の創業を後押しした。

1年半以内にスケーラブルなプロトタイプ開発へ

Hoxton Farmsは現在、研究開発のフェーズにあり、今回調達した資金で研究チームを拡充する予定。

現在、ホームページには人材募集案内がでている。

最近ロンドンに構えた新しい研究室で、培養脂肪のプロトタイプを開発する予定でおり、今後1年から1年半でスケーラブルな培養脂肪のプロトタイプに取り組むとしている。

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商品化できる段階になった後の展開について、Hoxton Farmsは具体的なことは明らかにしていない。

Hoxton Farmsのように培養脂肪を開発する取り組みはほかにもある。

たとえば、バルセロナを拠点とするCubiq Foodsも細胞培養で培養脂肪を開発している。2018年創業のCubiq Foodsは2020年5月に最新の資金調達を実施。これまでに総額1500万ユーロ(約19億円)を調達している。

イスラエルのMeat-Techは昨年、厚さ10mmのバイオ3Dプリンティングによる培養脂肪構造の作製に成功した。

昨年12月には細胞農業で培養脂肪を開発するベルギーのPeace of Meatを買収し、2022年にPeace of Meatの技術を活用したハイブリッド肉を市場に出す予定でいる。Meat-Techは米国での上場準備も進めている。

Hoxton Farmsの今回のラウンドは、Founders Fundが主導した。ラウンド参加者には、BackedPresight CapitalCPT CapitalSustainable Food Venturesがいる。

予想される展開

現時点でHoxton Farmsはビジネス戦略について詳しいことは明らかにしていない。

今後の展開を予想してみると、次の2つの展開が考えられる。

1つは、B2Bで培養脂肪を既存の培養肉・植物肉のプレーヤーに販売すること。

ビヨンドミートやインポッシブルフーズなどの植物ベースで代替肉を作る企業が特に優先度の高い顧客となる。この場合は、Peace of Meatを買収したMeat-Techや、Cubiq Foodsなどと先を争う形になりそうだ。

興味深いことに、Peace of Meatは植物肉企業に個別にアプローチし、68%が植物肉商品に培養脂肪を組み込みたいという前向きな回答が得られたことを明かしている。

となると、ビヨンドミート、インポッシブルフーズが培養脂肪を商品に組み込むのがいつか、注目される。

Ed Steele氏(左)とMax Jamilly氏 出典:Hoxton Farms

2つ目は、イスラエルのFuture Meatのように、B2Bで他社が培養肉を作るサポートをしたいと考えている企業と提携し、培養脂肪を原料としてFuture Meatに販売すること。

おそらく、最初は植物肉企業と提携し、既存商品に培養脂肪を組み込む流れになることが予想される。

コロナウイルスの感染がまだ収束せず、既存の畜産の限界がこれまで以上に浮き彫りになり、人々が持続可能な食料システムを求める今、Hoxton Farmsが提携パートナーを見つけるのは難しくないだろう。

同社が他社と大きく異なるのは、合成生物学と数理モデルを統合し、低コストで大規模に細胞増殖を可能とする方法を見出したこと。

Hoxton Farmsのような周辺技術のブレイクスルーによって、代替肉産業は次のフェーズへ移りつつある

 

参考記事

Hoxton Farms grows animal fat for meat substitutes

Hoxton Farms Raises £2.7M For Production of Animal-Free Fat

Hoxton Farms Raises £2.7M seed to produce animal fat without animals

 

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