本来持っていない機能を生物に加え、新たな機能を持つ生物を作り出す合成生物学は現在、急成長している新興市場の1つだ。
化学プロセスや動物などの媒体に頼らなければ生成できなかったものが、微生物などの生物によって生成できるようになる。まさに「生物をプログラミングする」技術ともいえる。
これまで当メディアで数多く取り上げてきた精密発酵も、合成生物学に含まれる。今、アメリカを中心に、動物に依存せずに微生物を使って開発したパーフェクトデイの乳タンパク質、The Every Companyの卵白タンパク質など急速に市販化が進んでいる。
これは、牛など大きな個体からトップダウン式にタンパク質を作る従来の生産システムに対し、微生物に必要な情報をプログラムし、ボトムアップ式に必要なタンパク質だけを効率よく合成しようというものだ。
合成生物学の登竜門:世界大会iGEM
国内では合成生物学を食用タンパク質の開発に応用する試みはまだ一般的ではないが、毎年開催される世界最大の合成生物学大会iGEMには、国内外から毎年多くの大学が参加している。
この大会に参加するチームは、社会課題を解決する能力や面白い機能を持った微生物をデザインし、金賞獲得を目指す。iGEMに参加したプロジェクトチームの構想がその後、社会実装されるケースもある。
その一例は、微生物で乳タンパク質を作る試みだ。2014年に酵母を使ってビーガンチーズの生成を目指す米Real Vegan CheeseがiGEMに参加した。同社はまだ上市していないが、同じアイディアで同年に事業を開始したパーフェクトデイ(当時はMuufri)は2020年にFDAの認可を取得、精密発酵由来の乳タンパク質をアメリカで広く市販している。
昨年には岐阜大チームが、目に見えないストレスの定量化を可能とする酵素のテーマで金賞を受賞した。
東大チームiGEM UTokyoも5年のブランクを経て参加した昨年、「酵母菌を用いた傷口の状態をモニターしてくれる創傷被覆材(絆創膏)」をテーマに、実質初出場で金賞を受賞している。
「日本の存在感を高めたい」
東大チームの今年のテーマは、セキュリティ機能を持った酵母だ。この酵母は、赤や青など光の色を決められた順序で当てて初めて、決まった動きをするように設計されている。間違った色の光を当てると酵母が死ぬことで、情報を守る仕組みだ。
これを応用すると、遠隔地医療におけるオーバードーズの防止、mRNAワクチンの不適切な保存の防止、無駄な物質の生産抑制など、さまざまな問題に対する解決策となる可能性があるという。
東大チームは今年、金賞さらにはSpecial Prizeなどの上位賞獲得を通じて、合成生物学分野での日本の存在感を高めたいと考えている。大会後には事業化、プロジェクトの論文も検討しているが、現在直面している課題は資金不足だ。
完全オンラインによる開催だった昨年と違い、対面開催となる今年は莫大な渡航費がかかり、メンバーの経済的負担も大きくなっており、今年は出場すらも危ぶまれている状況だという。
日本の国際競争力は過去30年で1位から31位に転落
日本の産業・社会の危機を指摘した経済産業省の「未来人材ビジョン」は、今後求められる人材の条件として、「問題発見力」「革新性」「的確な予測」を上位にあげた。
レポートによると、日本の国際競争力はこの30年で1位から31位に転落している。今後は社会への当事者意識を高め、答えはないが切実な社会課題に向き合い、探求していく人材が求められる。
OECD加盟国で日本の15歳の数学的・化学的リテラシーはトップレベルという明るいデータもあり、合成生物学はまさに日本の若者が社会課題を事業化につなげ、国際競争力を高めていける分野の1つだ。成長、飛躍の可能性を、資金不足や既成のルールが閉じてしまうのは惜しい。
東京大学基金では現在、iGEM参加のために1000万円を目標に寄付募集を行っている(東大基金は東京大学に所属する研究者、学生の研究活動を支援すべく、寄付募集活動を行う集団のこと)。
1000万円は海外チームと同等水準となるもので、渡航費、試薬、実験器具などの経費のほか、自前の研究室を持つための経費が含まれる。
東大を始め国内大学のiGEM参加は結果だけでなく、合成生物学の社会実装、社会課題の解決にも寄与するものであり、日本から多くのチームの出場が期待される。
寄付募集の詳細はこちらから▼
参考記事
【東京大学基金】iGEM UTokyoへのご支援のお願い ~世界に挑戦する学生たちが微生物で社会を変える~
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アイキャッチ画像の出典:東京大学基金