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北里大学、ニホンウナギの筋芽細胞株の樹立に成功|持続可能なウナギ供給に向けた重要な一歩

2024年10月15日 査読情報に掲載された旨を追記

 

北里大学海洋生命科学部の池田大介准教授らの研究チームは、ニホンウナギ(Anguilla japonica)の筋肉組織から自発的に不死化した筋芽細胞株JEM1129の樹立に成功した。

Foovoの認識では、ニホンウナギの筋芽細胞樹立に関する論文発表はこれが初。筋芽細胞株JEM1129の樹立により、ウナギ個体を使用せずに培養ウナギを作りだす可能性が開かれた。

池田准教授はFoovoへのメールで、今後は三次元培養への応用、食用培地の使用、細胞培養基質の探索などを行っていくと述べた。また、さらに筋分化しやすい筋芽細胞株の探索もする予定だとしている。

この成果は、絶滅が危ぶまれる一方で需要が高まるニホンウナギについて、細胞培養技術による持続可能なウナギ供給を実現する可能性を示している。

論文は「Development of a Novel Japanese Eel Myoblast Cell Line for Application in Cultured Meat Production」というタイトルで、査読前の論文が公開されるプレプリントサーバーBioRχiv(バイオアーカイブ)に今月10日付けで公開された

本論文はその後、査読を通過し、Biochemical and Biophysical Research Communications掲載された(2024年10月15日追記)。

北里大学、ニホンウナギの筋芽細胞株の樹立に成功

A:コンフルエントになる前の細胞 B:コンフルエントな状態になった後の細胞 C:トリプシンで細胞集団を剥離すると多数の線維性筋管が確認された(矢印部位) スケールバーは100µm 出典:Development of a Novel Japanese Eel Myoblast Cell Line for Application in Cultured Meat Production

市場に流通するウナギの多くは、ウナギの稚魚であるシラスウナギを捕獲し、成魚にまで養殖したものとなる。シラスウナギの漁獲量は減少傾向にあるため、持続可能なウナギ供給に向けて、近畿大水産研究所などがニホンウナギの完全養殖実用化に向けた研究開発を進めている

細胞培養によるウナギ生産もまた、天然資源への依存を減らし、持続可能な供給源を提供するための重要な研究となる。本研究では、ウナギの筋肉組織から衛星細胞(サテライト細胞)を分離し、筋芽細胞株JEM1129の樹立に成功した。

衛星細胞とは、骨格筋をつくるための幹細胞、つまり筋肉の出発点である。筋肉が損傷を受けて刺激を受けると、それまで眠っていた衛星細胞が目覚め、筋芽細胞に分化する。修復のために筋芽細胞が細胞分裂を経て増殖し、近くの筋芽細胞と融合することで、筋線維を再生する

本研究では、まずウナギの筋肉組織から衛星細胞を分離し、この細胞から筋芽細胞の樹立を試みた。筋芽細胞を定常的に分離できるようになったが、継代培養を続けると筋芽細胞の割合が時間とともに減少し、線維芽細胞が増えてしまうという問題が発生した。これは、線維芽細胞の分裂が早く、培養しやすいため、わずかな割合でも、筋芽細胞が豊富であった集団を置き換えてしまうためである。

などの培養肉開発では、培養前の線維芽細胞の混入を防ぐために特異的分子マーカーによる細胞選別で精製が可能だが、ニホンウナギにおいては、衛星細胞を分離するための確立された分子マーカーが存在しない。これにより、選別が難しく、培養過程で線維芽細胞が優勢になりやすい。

そこで研究チームは、魚類の細胞が自発的に不死化(細胞分裂により無限に増殖を続ける状態)しやすい特徴を利用して、培養の初期段階でシングルセルクローニング(単一細胞由来の細胞株を樹立する技術)により筋芽細胞を樹立した。

D:衛星細胞・筋芽細胞の確立されたマーカーは、JEM1129で初代培養細胞よりも高い発現レベルを示した E:筋分化を誘導する条件下でのミオシン重鎖遺伝子発現の変化 F:ミオシン重鎖と細胞核の免疫蛍光染色 出典:Development of a Novel Japanese Eel Myoblast Cell Line for Application in Cultured Meat Production

自然に不死化した筋芽細胞の倍加時間は約30~36時間で、培養容器の接着面を細胞が完全に覆う状態(コンフルエントな状態)に達すると、細胞が自発的に融合して細長い筋管細胞(筋線維を構成するもの)を形成する様子が確認された。細胞集団をトリプシンで剥離すると、多数の細長い線維状の筋管細胞が確認された。

筋芽細胞株JEM1129遺伝子発現レベル(細胞内で特定の遺伝子がどの程度働いているかを示す指標)を調べたところ、衛星細胞・筋芽細胞に特異的なマーカーとされるpax7amyoDcdh15は筋組織由来の初代培養細胞よりも高い値を示し、pax7aでは7倍の増加を示した。さらに、筋分化を誘導する条件でJEM1129を培養したところ、顕著な筋管形成を示した。

今後は、JEM1129を大量に培養し、バイオリアクターで成熟した筋肉組織へと分化させることが可能かを探る必要がある。

培養初期に自然に不死化する傾向がある魚類の筋芽細胞にシングルセルクローニングを試みることで、ウナギにとどまらず、多くの魚種でも筋芽細胞株の樹立につながることが期待される。

 

論文URL:Development of a Novel Japanese Eel Myoblast Cell Line for Application in Cultured Meat Production

池田准教授は今月29日に開催される第6回細胞農業会議に登壇する(→第6回細胞農業会議サイト)。

 

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アイキャッチ画像の出典:Development of a Novel Japanese Eel Myoblast Cell Line for Application in Cultured Meat Production

 

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