出典:Impact Food
ISO(国際標準化機構)は先月、植物由来食品に関する表示規格「ISO 8700:2025」を発表した。
「植物由来食品および食品成分 — 表示およびクレームに関する定義と技術的基準(原文:Plant-based foods and food ingredients — Definitions and technical criteria for labelling and claims)」と題する規格は、動物由来成分を含まない食品・原料に関する表示定義を定めている。
果物や野菜、豆類などの加工されていない植物、動物飼料、ペットフード、食品用包装材は本規格の適用外となる。
ISOは同規格の中で、植物由来食品の世界的な需要拡大の背景として、植物由来食品を日常の食生活に取り入れる消費者が増加していることにあると説明。その上で、消費者および食品事業者の双方を支援するために、植物由来という定義や用語について明確な指針を示すことが重要だと述べている。
本規格の目的は、加工または製造された食品の文脈における植物由来食品を定義することであり、表示や主張(クレーム)に関する統一的な基準を設けることを意図している。
具体的には、下記2種類の食品に関する表示規格を定めている。
- カテゴリ①:成分が植物または植物由来であり、動物または動物由来成分を含まない植物由来食品
- カテゴリ②:成分が植物または植物由来であり、動物由来成分が限定的かつ条件付きで使用されている食品
本記事ではISO規格の概要、後半では筆者が抱いた違和感を元に考えたことをまとめた。
Table of Contents
精密発酵・植物分子農業も含む「植物由来」の定義

出典:ISO 8700:2024
まず、本規格で定める「植物(plant)」の定義は、一般に想定される生物学的な植物ではない。
規格3.13では、「植物界に属する最も広い分類上の生物に加え、藻類、菌類、酵母、微生物などを含む原生生物界、菌類界、モネラ界に属する生物」とし、範囲を広げて定義している。
「植物由来(Plant-derived)(3.14)」には、前述の定義に基づく「植物」によって生産された物質が含まれ、藻類、菌類、酵母などの微生物を用いて製造された食品も含まれることになる。
さらに同規格は、「植物または微生物のシステム内で合成された動物遺伝子を発現させて得られた成分は、植物由来とみなされる」(Note1)、「植物または微生物の遺伝子を、植物または微生物のシステム内で発現させて得られる成分は、植物由来とみなされる」(Note 2)と定義している(3.14)。
したがって、本規格では、精密発酵、植物分子農業で生成された成分やマイコプロテインも「植物由来食品」と位置付けられることとなる。
動物由来成分をどう扱うか

出典:Beyond Meat
カテゴリ②の「動物由来成分を限定的かつ条件付きで使用した植物由来食品」の詳細は、同規格の有料本文(第4項以降)に記載されている。
Proveg Internationalの解説によれば、カテゴリ②では動物由来成分は製品中5%以内かつ技術的目的に限られ、さらに「生きた動物から得た成分のみ使用可」と説明している。
一方で、ISO規格の定義では、「動物由来(animal-derived)」を「動物によって生産された物質(培養された動物細胞や組織も含む)」と定義し、死んだ動物・屠殺された動物に由来する例(魚、魚油、肉、ゼラチンなど)、生きた動物に由来する例(牛乳、卵、ハチミツ、ラノリン由来のビタミンD3など)を挙げている。
この定義上は、食肉や魚肉、ゼラチンなどの死体由来成分も「動物由来」に含まれるが、カテゴリ②でそれらの使用が認められるかどうかは、本文の第4項以降(有料部分)に依拠する。
Provegの解説に基づけば、カテゴリ②は、植物由来成分を中心としつつ、必要最低限の動物由来成分(例:牛乳、卵、細胞性食肉(培養肉)や細胞性脂肪(培養脂肪))などを条件付きで配合した製品を想定していると考えられる。
なお、カテゴリ②の製品はplant-based単独表示はできず、「plant-based vegetarian(植物性ベジタリアン)」や「plant-strong(植物由来成分多め)」などの修飾語が必要とされるとProvegは解説している。
広すぎる「植物」の定義がもたらす懸念と背景を考察

Redefine Meatの植物性ステーキ Foovo(佐藤)撮影 2024年10月
Provegは、ISO規格で「植物由来」を完全な非動物性製品を表す用語として定義されたことで、食品メーカーが製品に「自信をもって、信頼性のある形で使用できるようになる」とし、消費者の信頼性・購入意欲の向上につながると解説している。
一方で、この規格が定める「植物」の定義は、生物学的な植物界にとどまらず、菌類・酵母・微生物・藻類などを含む包括的なものとなっている。そのため、精密発酵や植物分子農業で生成された成分も「植物由来」と表示可能になる。
この包括的な定義によりマイコプロテイン製品もカテゴリ①に該当するが、誤認を避けるためには「菌類由来」などの補足表示を併用することが望ましい。
精密発酵で作られた乳タンパク質など、「動物タンパク質でありながら動物由来ではない」成分を使用した食品に対し、規格どおりの表示がなされた場合に、消費者が違和感を覚える可能性は否定できない。筆者自身も、本規格がこれらを「植物由来食品」と位置づけている点に、違和感を持った。
植物分子農業のように、まだ開発段階の企業が大部分を占める領域では、後で表示を整合できるため大きな影響はないと思われる。一方、すでに市場に流通している精密発酵食品については、生産工程で遺伝子組換え技術が使用される(注:最終製品に遺伝子組換え成分は入っていない)ことに警戒感を示す消費者にとって、「植物由来」という言葉そのものへの信頼を損なうおそれもある。
こうした懸念を踏まえると、ISOは動物由来成分を含む製品にも「植物由来」が使用されるなど、これまでのあいまいな運用を是正し、「植物由来」の定義を「動物由来成分を完全に含まないこと」として国際的に位置付けることに第一の重点を置いたとみられる。
Provegも「これまで植物由来の表示の使用方法について国際的なガイドラインが存在しませんでした。本規格の真の意義は、植物由来を完全な動物由来成分不使用と明確に定義している点にあります」と強調している。
同時に「植物由来」の定義を、微生物や藻類、菌類、さらには遺伝子発現によって生成される成分までを含めるなど、先に範囲を狭めて固定するのではなく広範に設定することで、将来の技術革新や表示をめぐる議論にも対応しやすい柔軟性のある設計を目指した可能性も考えられる。
関係者間で見解の相違があったことも十分に想定され、「植物由来」の定義について「まずは非動物性の明確化」で合意に至った可能性が考えられる。
ISO 8700は任意規格だが、今後、各国の制度や企業のラベル表示方針に少なからぬ影響を与える可能性がある。ProVegは次のように述べている。
「ISO規格は任意ですが、世界中の国の規制、企業のラベル表示慣行、小売業者のポリシーに影響を与える可能性があります。そのメリットを最大限に活用するために、プラントベース企業や小売業者は、既存の製品ラベルと原材料リストを精査し、可能な限りカテゴリに準拠することを目指すべきです」
ISOの定義が今後、どのように運用され、各国の制度や業界基準にどう取り込まれていくのか注視したい。
※本記事は、「ISO 8700:2024」およびProvegの記事をもとに、Foovoの調査に基づいて独自に執筆したものです。出典が必要な情報については、記事内の該当部分にリンクを付与しています。
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アイキャッチ画像の出典:Impact Food