本記事は、Gelatex Technologies(エストニア企業)で最高事業開発責任者を務めるAthanasios Garoufas氏による寄稿文です。原文を日本語に翻訳して掲載しております。
商業化に向けて
培養肉は環境にやさしく、倫理的で、私たちの食卓により健康的な選択肢を提供する可能性がある。しかし、研究室から食卓までの道筋には多くの課題がある。この道筋におけるいくつかの主要な障壁として、研究開発の複雑さ、規制、商業契約の複雑さ、そして人々の認識が挙げられる。
第一に、研究開発の複雑さは独自の課題を突きつけてくる。細胞構造、栄養成分、味覚プロファイルの細部を掘り下げながら、科学者や研究者たちは、従来の畜産を行わずに食肉の複雑な本質を再現するという途方もない作業に日々取り組んでいる。
次に、複雑な規制の問題だ。ひとつの製品が消費者に届く前に、徹底的な検査を経て、その安全性、栄養価、倫理的配慮を検証する必要がある。多くの国で培養肉製品に対する規制の枠組みが確立されていないことを考えると、これを乗り切るのが一筋縄ではいかないことは明らかだ。
さらに、商業契約には独自の課題がある。企業はパートナーシップを結び、条件を設定するだけでなく、サプライチェーンが需要に対応できるようにする必要もある。知的財産権からビジネス・パートナーシップの構築、販売ネットワークの確立まで、さまざまな問題が製品の市場ポジションを妨げる可能性がある。
こうした課題は、2023年の情勢によってさらに際立った。この年は投資家の活動が著しく落ち込み、これには、多くの製品発表が締め切りに遅れたことによる投資家のためらいがあったと思われる。潜在的なブレークスルーが遅れるのを関係者が見守る中、前述のような複雑な問題を克服しなければならないという切迫感が一層強まった。
培養肉の商品化までの道のりは有望ではあるが、前例のない課題を克服し、食品業界に新たな基準を構築するためには忍耐、協力、イノベーションが必要であることを物語っている。
理解の促進
消費者の意識が高まるにつれ、培養肉の複雑さについて透明でわかりやすいコミュニケーションが急務となっている。
科学的な用語は正確ではあるが、多くの人にとって難解だろう。「幹細胞」、「バイオリアクター」、「セルバンク」といった言葉は、この分野に馴染みのない人にとっては不可解なものだ。しかし、適切に説明されれば、この技術の先進性が際立ち、抗生物質の使用削減や人獣共通感染症の可能性の排除といったメリットに焦点を当てることができる。
一般の人々を啓蒙する仕事は、特に多様な製品や方法論が存在することを考えると、個々の企業だけに頼るものであってはならない。
非営利団体(NPO)は、この知識のギャップを埋めるうえで役立っている。Good Food InstituteやNew Harvestのようなパイオニアが先導している一方、地域規模ではCellular Agriculture Greeceのようなグループが、企業にも消費者にも同様に貴重な洞察を提供している。
こうした関係者が力を合わせることで、一貫性のある説得力のある業界ストーリーを作りあげることができる。
研究開発の課題を解明する
研究開発には、考慮すべき多くの要素がある。
1.細胞関連の課題
これらはバイオテクノロジーのハードルを包含している。組織工学、細胞培養、初代細胞の生検、細胞改変がこの分野を支配している。
細胞農業分野で強固な協力関係を築くことは、将来的に極めて重要な動きとなるだろう。Gelatex Technologie、Cellivat、Opo Bio、Multus Media、Roslin Technologies、ProFuse Technologyなどの企業は、足場、バイオリアクター製作、FBSフリーの培地、細胞株開発、分化サプリメントなどの分野でイノベーションの最前線にいる。彼らの専門知識を活用することで、業界の拡大に拍車をかけられる可能性がある。
企業が自立的な解決策を模索したり、足場を使わない代替品に移行したりすることには否定できないメリットがあるが、より効果的なアプローチは、オープン性を奨励し、これらの分野の専門家との協業を促進することであり、ジョイントイノベーションに重点を移すべきだろう。
それは、自己完結的な努力のすばらしさを見劣りさせることではなく、むしろ一致団結した努力から生まれる強みを増幅させるということだ。社内ソリューションや足場を使用しない選択肢を追求する企業もあるが、オープン性を受け入れ、各領域の専門家と協力する方がより成果をもたらすだろう。
Gelatexのような企業との協業は、大きな変化をもたらす可能性がある。Gelatexの足場は、細胞接着、増殖、分化のための高性能プラットフォームを提供する。さらに、Gelatexの多様な植物性の食用足場は、最終製品の食感、味、栄養プロフィールを微調整できるため、後述する製品の商品化に関連する感覚受容(organoleptics)に大きな影響を与える。
2.工学の課題
この分野では、生産に不可欠な効率的なバイオリアクターシステムの開発が必要となる。スタートアップ企業や実績のある製薬会社との協業は、この課題を乗り切る助けとなる。ARK biotechのような企業は、プロセスのこの部分に対するソリューションの提供に注力している。
3.感覚受容/官能的側面
前述の課題に取り組んだとしても、消費者に受け入れられるためには、製品が特定の官能的な期待に応えなければならない。食品は、栄養と同様に、風味、味、食感、香り、外観に関わるものである。この領域の複雑性は、味覚に影響を与える遺伝的差異から官能的評価に影響を与える地理的・気候変動にまで及ぶ。製品の成功は、消費者が受け入れるかどうかにかかっている。
この点で、Proxy Foodsのような企業は大きく前進している。彼らのAI駆動型のプラットフォームは、感覚受容の予測に特化しており、レシピの最適化、風味ネットワークの理解、味に対する相乗効果と拮抗効果の解読に重点を置いている。風味知覚パラメータ、化合物、記述子に関する同社のデータベースは、業界にとって貴重なものである。
これらの相乗効果を知り、ツールを活用して研究開発の取り組みを合理化し、製品の市場投入を加速することは、業界にとって不可欠だ。
規制のハードルと商業契約
研究開発の複雑さだけでなく、規制領域を横断することも重要な懸念事項として浮上している。現在、培養肉製品の販売を正式に承認しているのはシンガポールと米国だけだ。しかし、多くの国では、このようなイノベーションの規制プロセスに関する議論は、始まったとしてもまだ初期段階にある。
各国が積極的に議論を開始し、遅滞なくガイドラインを策定することが不可欠となる。明確な規制ルートの確立は、投資家の信頼を高めるだけでなく、こうした新規食品の安全性と品質に対する消費者の信頼を確立することにもつながる。
さらに、この分野がマスマーケットへの訴求力を持つようになるにつれ、商業契約のオーケストレーション(orchestration)が最も重要になる。これらの契約は、経済的に実行可能で、かつ品質基準に妥協のない方法で、培養肉が私たちの食卓に届くことを保証する重要な要素となる。
結論
培養肉分野の複雑さは膨大だが、克服できないわけではない。技術の進歩と業界関係者の共同の努力により、我たちは培養肉が単なる目新しいものではなく、当たり前のものとなる未来への道筋を描いている。
しかし、広範な普及への道は、技術やB2Bによる相乗効果でできることを超えたものであることを強調しなければならない。これらは商用化のプロセスにおいて重要な要素ではあるが、この取り組みの規模の大きさゆえに、政府の関与と支援が不可欠となる。課題の大きさを考えれば、ベンチャー・キャピタルだけですべての負担を背負いきれないことは明らかだ。
政府は、日常の食生活へ培養肉の統合を加速させるために、積極的な役割を果たさなければならない。政府による支援は単にビジネスに関するものではなく、私たちのウェルビーイングを確かなものとし、地球の健康を維持するための基本的なステップだ。官民の取り組みによって、私たちは培養肉が単なる一時的なトレンドではなく、確立され、受け入れられるスタンダートとなる世界に近づいていくのである。
著者:Athanasios Garoufas氏
Gelatex Technologiesの最高事業開発責任者。Garoufas氏は、破壊的なアイデアに情熱を持って取り組み、それを現状に挑戦し、イノベーションを推進する本格的なビジネスへと育てようとしている。
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アイキャッチ画像の出典:Mosa Meat