ロバート・ケネディ・ジュニア厚生長官(出典:米保健福祉省)
精密発酵などの新規食品原料を市場に投入するための道筋となっていたアメリカのGRAS自己認証制度が、大きな転換点を迎えるかもしれない。
アメリカのロバート・ケネディ・ジュニア厚生長官は3月10日、企業が食品原料の安全性を自己確認し、アメリカ食品医薬品局(FDA)に通知せずに市場投入できる「GRAS自己認証」システムの廃止を検討するよう、FDAに指示した。
GRASとは
GRASとは、Generally Recognized As Safe(一般に安全とみなされている)の略語で、米国における食品安全に関する独自の認証制度をさす。
食品メーカーは精密発酵などの新規食品原料についてGRAS自己認証を宣言することで、当該原料を販売できるようになる。企業が独自に選任した利益相反にならない外部の専門家委員による審査が必要となるが、FDAへの通知は任意となる。
しかし、精密発酵を例にすると、実際には多くのスタートアップがGRAS自己認証だけでなく、FDAに通知するGRAS認証を選択している。
このプロセスを経ることで、FDAが異議を唱えなければ「質問なし(No Questions)」のレターが発行され、より信頼性の高い市場参入が可能になるからだ。たとえば、精密発酵のリーダー企業であるパーフェクトデイも初期より、GRAS認証は、パートナー・消費者からの信頼を獲得し、市場に広く導入するための重要なステップとなると述べていた。
GRASの「抜け穴を排除する」

出典:米保健福祉省(HHS)
今回のケネディ長官の指示は、FDAへの通知を伴わないGRAS自己認証を見直しを求めるものだ。
米保健福祉省(HHS)の発表によると、ケネディ長官はFDAに対し、食品の透明性推進に向けて、GRASの最終規則と関連ガイダンスを改訂するための規則の可能性を検討するよう、指示した。
これにより、GRAS成分に対する監視強化と、消費者への透明性向上が期待されている。
ケネディ長官は、「あまりにも長い間、原料メーカーやスポンサーは抜け穴を利用して、安全性データが不明なことが多い新しい原料や化学物質を、FDAや国民に通知することなく米国の食品供給に導入してきました」と指摘。
さらに、「この抜け穴を排除することで、消費者に透明性を提供し、食品に導入される原料の安全性を確保することで、我が国の食品供給を軌道に戻し、最終的には『アメリカを再び健康にする』ことにつながります」とプレスリリースで述べている。
GRASの安全性に問題はあったのか?
Foovoの調査では、GRASとして認められていたが、後に取り消された例として、以下のケースが確認された。
- 部分水素添加油脂(PHO):心疾患リスクの増大が判明し、2015年にFDAがGRASではないと最終決定。
- タラ粉(Tara flour):2022年にDaily Harvestが販売した製品が集団食中毒を引き起こし、FDAは、タラ粉はGRAS基準を満たさないとして、タラ粉の食品使用は未承認添加物(違法な食品添加物)に当たるとした。
他にも、GRASとされるカフェインをアルコールと配合することの懸念から、FDAが両成分を配合したドリンクの販売を禁止した事例もある。
過去にもあったGRAS制度の見直し要求
GRAS自己認証の抜け穴が指摘されたのは、今回が初めてではない。
2021年には、下院議員ローザ・デラウロ氏が「Toxic Free Food Act」を議会に提案し、FDAにGRASの抜け穴を塞ぐよう要求している。この法案では、FDAへの届出を義務化してGRAS自己認証を事実上廃止し、新規合成物質や新規化学物質、発がん性物質はGRASと認めないことなどが盛り込まれていた。
GRAS自己認証の廃止が実現した場合、新規成分を市場に投入する企業は、当該成分の使用目的と安全性データをFDAに通知することが必須となり、規制が強化される見込みだ。
特に影響を受けるのは、精密発酵やバイオマス発酵を活用する企業だろう。
一方、培養肉の場合はFDAとアメリカ農務省(USDA)による二重承認が必要となり、大きな影響はないと考えられる。海外メディアgreen queenも、「培養肉にはそれほど大きな影響を及ぼさない可能性が高い」と分析している。
規制強化は、長期的にどんな影響をもたらすか?

出典:All G
GRAS自己認証が廃止されれば、新規食品の市場参入ハードルは上がる。
しかし、FDAの審査を通過した成分のみが流通することで、消費者やパートナー企業からの信頼性は向上する可能性が高い。
Foovoとしては、短期的には精密発酵企業などにとって負担は増えるものの、長期的には「抜け穴」が塞がることで、新規成分の市場競争力が向上するメリットがあると見ている。
懸念されるのは、すでにGRAS自己認証を利用して市場に出ている企業が、今後も販売を継続できるかどうかだ。特に、規制強化により収益化までの期間が長引くことで、資金調達の難易度が上がり、事業継続が困難になるスタートアップが出てくる可能性もある。
一方で、アメリカ市場参入のハードルが上がることで、アメリカへの集中が見直され、EUやアジア圏など他の市場で新規食品導入に向けたルール形成が加速する可能性もある。
最終的に、今回の規制変更の指示が食品イノベーションにとって「安全性を高めるための進化」となるのか、あるいは「市場参入の足かせ」となるのかは、今後の展開次第だ。
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アイキャッチ画像の出典:米保健福祉省(HHS)