フィンランド技術研究センター(VTT)の研究チームは、コーヒーの持続可能なエコシステム構築を促進するため、細胞培養によるコーヒー生産に関する論文を発表した。
VTTが細胞培養によるコーヒー生産に成功したのは2021年9月。
細胞培養コーヒーの生産成功から2年後、そのプロセスを文書化した論文「Proof of Concept for Cell Culture-Based Coffee(細胞培養コーヒーの概念実証)」がJournal of Agriculture and Food Chemistryに掲載された。
同論文には、研究者らがコーヒーノキ(Coffea arabica)の葉からカルスを生成し、継代培養した方法から、得られたコーヒー細胞に対して条件を変えて焙煎し、対照群サンプル(市販のコーヒー)とのカフェイン含有量、官能分析、風味分析の比較などが掲載されている。
コーヒー生産が直面する課題
なぜ、細胞培養によりコーヒーを作ろうとするのか疑問に感じる読者もいるかもしれない。それは、コーヒー需要が高まる一方で、コーヒー豆の生産が土地と水の利用、児童労働、気候変動などさまざまな持続可能性の課題に直面しているからだ。
1杯のコーヒーには140Lの水が必要だと推定されている。世界最大のコーヒー生産国であるブラジルでは2023年、観測史上最悪とされる干ばつの被害が報告された。こうした現象はコーヒーの価格上昇や供給変動をもたらす可能性がある。
食品サプライチェーンにおいてコーヒーは、6番目に温室効果ガスを排出する食品・飲料とされる。
コーヒー栽培による気候変動の加速は、回りまわってコーヒー栽培に負の影響をもたらす。
コーヒーの栽培地域は赤道周辺にあり、気候変動の影響を受けやすいからだ。現に気温上昇は、さび病などコーヒー生産にとって深刻な病気の原因となり、2050年にはアラビカ種の生産地が現在の半分になる可能性が指摘されている。
細胞農業は、コーヒー生産におけるこれらの問題を持続可能な方法で解決する可能性を秘めている。施設内でコーヒーを作れるようになると、コーヒー豆の栽培に適さない気候の地域でも生産できるようになる。
コーヒーの生産期間を大幅に短縮できる可能性も細胞農業がもたらすメリットだ。VTTによると、従来のコーヒー栽培では、年に1-2回の収穫に限られるが、研究室で生産されるコーヒーでは、種から植物を栽培する必要がなくなるため、生産期間を1ヶ月に短縮できるという。
持続可能なコーヒー生産のエコシステム創出を目指して
しかし、細胞培養コーヒーをスーパーの棚に並べる道のりはまだ完全ではないと、VTTで植物バイオテクノロジー責任者兼主席研究員を務めるHeiko Rischer博士は指摘する。
「バイオリアクターでコーヒー細胞を培養することと、それを商業的に実行可能な製品にすることはまったく別問題です。
異なる品種に由来する原材料、土壌、標高、気候、さらにはコーヒー豆が栽培された年、焙煎、発酵、醸造のプロセスすべてが、最終製品に影響を与えます。研究室で作られるコーヒーはより厳密に管理されていますが、例えば焙煎のアプローチの違いは、消費者が重要視するコーヒーのアロマプロファイルに大きな影響を与えます」
(Heiko Rischer博士)
VTTは、栽培者、焙煎業者、ブレンド業者、発酵業者、コーヒーブランドなど、コーヒーバリューチェーンに関わるプレーヤーが協力することで、細胞培養コーヒーという持続可能なコーヒーの商用化に必要なプロセスの構築につながると考えている。
今回の論文発表には、新しいコーヒー生産を開拓するためのリソース、知見、推進力を備えたエコシステムの創設を後押したい考えが背景にある。
コーヒー生産が直面する課題解決を目指すのはVTTだけではない。フランス企業STEM、米Compound Foods、米Atomoなどが豆に依存しないコーヒーを開発している。
Compound Foodsはチコリ、イナゴマメなどさまざまな原料から代替コーヒー・Minusを開発している。「世界で最初に細胞由来コーヒーを開発する企業」だと述べるSTEMは、VTTと同じく、コーヒーの葉から採取した細胞を培養することでコーヒーの開発に取り組んでいる。
過去の報道でVTTは商用化に向けた企業支援を視野にいれているとしていた。
これまでにVTTからは、精密発酵で卵白タンパク質を開発するOnego Bioがスピンオフされているため、今後はVTTから新たなスタートアップが誕生するかもしれないし、STEMやコーヒーメーカーなどとの協業が広がっていく可能性もあるだろう。
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アイキャッチ画像の出典:VTT