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魚の培養脂肪を開発するインパクファット|日本人研究者がシンガポールで挑戦

 

畜産による環境負荷を軽減するため、植物由来や菌類由来の代替肉の普及が世界的に加速する中、新たなトレンドが生まれつつある。代替肉をより本物に近づける代替脂肪の開発だ。

現在、市場に出回っている代替肉の多くは植物油脂を使用している。植物油脂は風味が動物油脂に劣り、油脂によっては生産より多くの土地を使用するなど、環境への影響も懸念される。

こうした代替肉が抱える欠点を補うため、植物油脂に代わる脂肪の開発が進んでいる。Mission BarnsCubiq Foodsなど細胞培養によって脂肪を開発する企業に加え、Nourish IngredientsMelt&Marbleなど精密発酵で脂肪を開発する企業も多数登場している。

これらの企業は畜産動物油脂の代替を目指しているが、今年3月、魚の脂肪を開発する企業がシンガポールに登場した。シンガポールA*STARの分子細胞生物学研究所で主任研究員を務める日本人研究者、杉井重紀氏が立ち上げたインパクファット(ImpacFat)だ。

インパクファットは世界で初めて細胞培養により魚由来の脂肪を開発するスタートアップとなる。

2024年に認可を取得し、2025年にはシンガポール、アメリカ、日本、中国等での市場参入を目指している。資金調達が完了次第、パイロットスケールへの移行を目指す代表の杉井氏に、設立の背景、現在の取り組み、課題を伺った。

フードテックハブ、シンガポールでの起業

ImpacFat代表の杉井重紀氏 出典:ImpacFat

脂肪由来幹細胞の研究を専門とする杉井氏が起業を意識したのは、サンディエゴ、ソーク研究所でのポスドク時代だった。アメリカで三大バイオテック地域の1つとされるサンディエゴはエコシステムが充実しており、直属の上司も上場企業を創業するなど、起業の土壌は形成されていた。しかし、起業文化が成熟している分、無名の人間が起業するには難しさを感じていた。

これに対し、シンガポールは2000年代から、経済のためにバイオテックに投資する方針を固めていた。現地で起業家、スタートアップを育てるというシンガポールの方針は杉井氏にとって魅力的だった。自らの興味とも合致したシンガポールを起業の地に選び、2011年に移住する。

なぜ、魚の脂肪なのか

出典:ImpacFat

シンガポール移住後は、脂肪幹細胞の分離を事業化したセリジェニクスを立ち上げた。

代替肉に興味を持ったきっかけは、2017年まで一緒に働いていたSandhya Sriram氏が培養シーフード企業Shiok Meatsを立ち上げたことだった。Sriram氏の起業をきっかけに、杉井氏は培養肉など代替肉に興味を持つようになる。

しかし、数年前はまだ、培養肉の研究も畜産種が中心で、代替肉の欠点を補完する培養脂肪の開発でも魚に焦点をあてる企業はなかった。魚を選んだ理由について杉井氏は次のように語る。

「牛、豚、鳥類系に関しては脂肪細胞を使った培養の研究論文が出ていましたので、これらの研究なら延長線上でできます。ですが、それだと研究者としては面白くない。その中で、研究が進んでおらず、未知だった魚の研究に興味を持ちました」

魚の脂肪は、他の動物油脂よりも心疾患リスクを軽減するとされる不飽和脂肪酸を多く含む。これに対し、畜産動物の脂肪は心疾患の原因となりうる飽和脂肪酸の割合が多い。必要量だけを生産でき、健康により良い魚脂肪の開発は、健康かつ環境に優しい代替脂肪として需要が伸びていく可能性が高い。

ヒトから魚へ研究対象をシフト

ImpacFatが開発した脂肪プロトタイプ 出典:ImpacFat

それまでヒト、マウスの細胞しか扱ったことなかったため、魚類専門の研究者の意見を聞きながら、前駆・幹細胞株の樹立、培養条件など試行錯誤が始まった。細胞を分離するためには生きた魚が必要になる。シンガポールは日本よりも入手できる魚が限られるため、地元で入手できる魚から細胞株を樹立した。

実際に培養条件を確立してみると、良い魚の細胞を樹立できることがわかった。マウスのように遺伝子操作で細胞を不死化(長期間増殖できる状態のこと)しなくても、細胞を選別すれば増え続ける細胞株になった。インパクファットが樹立した細胞株は、100回以上継代しても増殖を続けられるという。

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アイキャッチ画像の出典:ImpacFat

 

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