代替プロテイン

乳製品生産の再考|牛に頼らず細胞培養でミルクを開発するドイツ企業Senara

 

ドイツのスタートアップ企業Senaraは先月、細胞培養によるミルクを低コストで生産できるプラットフォームを開発したことを発表した。

代替ミルクの開発では精密発酵で本物と同等の乳タンパク質を開発するパーフェクトデイRemilk、細胞培養により母乳を開発するフランスのNümi、アメリカのBiomilqなどが確認されている。細胞培養でミルクを開発する企業では、カナダのOpaliaインド・米に拠点を置くBrown Foodsなどが確認されており、Senaraは培養ミルク分野で欧州初の企業となった。

乳糖フリーのミルクも作れるSenaraの技術

イメージ画像

Senaraは健康な牛の乳から細胞を採取し、独自プロセスで培養してミルクを生成している。細胞培養により生成されるミルクには、通常の牛乳に含まれるホエイ、カゼイン、乳糖、微量栄養素などの栄養が含まれるとともに、牛乳生産に伴う環境負荷を回避できるというメリットがある

牛乳には乳糖が含まれ、乳糖不耐症の人には適さないが、Senaraは乳糖を含まない製品も提供可能だとしている。また、消化しやすいと言われるA2タンパク質を含んだミルクも開発できるという。

Green queenの報道によると、Senaraはコストを削減するために、連続的なハイスループットのプロセスを使用した独自のバイオリアクターを開発した。現在、100Lのバイオリアクターを使用してパイロットスケールで研究を進めており、2028年までに工業スケールのバイオリアクターの導入を目指している。

「2028年までに、細胞培養ミルクはスーパーマーケットの棚に並ぶ標準的な選択肢になると信じています」と同社は述べている

FAOによると、乳製品部門に由来する人為的温室効果ガス排出量は全体の約4%を占めている。2005年から2015年にかけて酪農由来の温室効果ガス排出量は増加しており、そのなかでもメタン排出量の割合が最も多い。メタンは二酸化炭素の28倍の温室効果があり、畜産牛・乳牛を含む畜産由来のメタンは全体の31%を占めると言われている

Senaraのプロセスは、地球規模の課題に対応しながら、持続可能でより選択肢のある健康なミルクを提供できる可能性を秘めている。

規制の壁

イメージ画像

Senaraが培養ミルクを上市するためには、欧州やアメリカで認証プロセスをクリアする必要がある。アメリカ、シンガポールでは培養肉で販売認可を取得した企業があるが、細胞培養によるミルクで販売認可を取得した企業はまだない。

細胞培養によるミルクは、細胞そのものが最終製品となる培養肉とは異なり、細胞がミルクを生産する「ミニ工場」となる。さらに、細胞を増やして構造化するための足場や、脂肪、筋肉など異なる細胞へ分化させる必要もなく、培養肉と比較して求められる規制プロセスが簡略になる可能性がある。しかし、認可の前例がないため、アメリカですでに規制プロセスが確立している精密発酵よりも規制の壁に直面しているといえよう。

こうした点で、細胞培養によるミルクは、温室効果ガス排出量削減に向けた即効的なソリューションにはまだなっていないが、規模の経済、技術革新によるコスト削減が実現すれば、環境負荷を軽減できる有効策として期待できるソリューションだ。

ヤギ、ヒツジなどのミルク開発も

イメージ画像

Senaraは長期的にヤギ、水牛、ヒツジ、ロバ、バイソンなどのミルクの開発や、ヨーグルト、アイスクリーム、チョコレートに配合できる成分の開発も予定している。

Senaraのような新興技術は、既存業界にとって代替策とみなされる傾向にあるが、長期的には既存製品の価値を向上させる補完策となり、既存産業と補完しながら共存していく可能性もある。例えば、Senaraがスケールアップを実現した場合、培養ミルクが標準かつ安価な選択肢となり、牛から搾乳した本物の牛乳がより価値あるものとして消費される可能性も考えられる。

これは、ATMが銀行窓口業務の代替ではなく補完製品であったことや、ラジオの普及がレコードの代替ではなく音楽を宣伝する補完製品であったことが後々判明した事例からの推測だが、技術が台頭する初期段階では代替か補完かを見極めること、技術がもたらす二次効果を予測することが非常に難しいことはさまざまな製品の歴史が示している

Senaraは公式サイトで乳業メーカーだけでなく既存農家への協力も提案しており、同社技術を導入することで利益を上げながら持続可能な農業が可能になると述べている

 

参考記事

Senara Unveils Cell-Cultivated Milk Technology to Produce “Real Milk” Without Cows

‘Blending Tradition and Innovation’: Senara Emerges from Stealth as Europe’s First Cultured Dairy Startup

Disrupting cow, sheep, goat & donkey milk: Cell cultivated start-up Senara emerges from stealth

 

関連記事

アイキャッチ画像の出典:Senara

 

関連記事

  1. 米パーフェクトデイがシンガポールに研究開発拠点を設置、2021年…
  2. シンガポールFloat Foodsがインドネシアにフードインキュ…
  3. シンガポールの研究チームがウナギ細胞株と植物血清の開発に成功
  4. 細胞農業(細胞培養・精密発酵)で代替母乳を開発するスタートアップ…
  5. DAIZが海外進出を本格化、タイの植物肉企業へミラクルミートの提…
  6. アメリカが培養肉販売を承認|GOOD Meat、UPSIDE F…
  7. 「食品発酵業界のボトルネック解消」を目指すplanetaryが約…
  8. QuornとPrime Rootsが菌糸体由来肉の市場拡大に向け…

おすすめ記事

米スーパー大手クローガーがドローンによる食料品配達を正式に実施

アメリカのスーパーマーケット大手クローガーは6月に、ドローンを使った食料品配達を…

米ColdSnap、常温ポッドから2分で作れるソフトクリームマシンを年末に発売へ

カフェや観光地のお土産ショップなどで販売されるソフトクリームには、カップを専用マ…

サムスンがIoTアプリに買い物機能を備えた「SmartThings Cooking」を追加、シームレスな料理を追求

サムスンはCES2021でレシピ検索から買い物機能まで備えたSmartThing…

藻類を活用した代替タンパク質製品を開発するAlgama Foodsが約2.6億円を獲得、ビーガンシーフード分野へ注力

藻類や微細藻類の力を利用して代替タンパク質製品を開発するフランスのAlgama …

分子農業パイオニアの英Moolec Science、SPAC経由の上場を計画

植物を活用して動物由来と同等のタンパク質を開発するイギリスの分子農業スタートアッ…

【創業者インタビュー】精密発酵でヒト母乳タンパク質を開発するPFx Biotech|健康と栄養に役立つ高価値タンパク質の創出

2022年に設立されたポルトガル企業PFx Biotechは、精密発酵によりラク…

精密発酵レポート・好評販売中

マイコプロテイン・菌糸体タンパク質レポート好評販売中

最新記事

▼メルマガ登録はこちらから▼

フードテックの海外ニュースを週1回まとめてお届けしております。

 

ご登録いただいた方には、国内外の培養肉開発に取り組む企業101社をまとめたレポート(全23ページ)を無料でお配りしております(2022年3月更新版)。

 

最新のフードテックニュースを逃したくない方におすすめです。

 

 

▶メールマガジン登録はこちらから

▼聞き流しフードテックニュース▼

 

 

 

Foovo Deepのご案内

Foovoの記事作成方針に関しまして

精密発酵レポート・好評販売中

マイコプロテイン・菌糸体タンパク質レポート好評販売中

【2024年】培養魚企業レポート好評販売中

【FoovoBridge】日本のフードテックニュースを海外へ発信する英語サイト

フードテックを理解するのに役立つ書籍

夢の細胞農業 培養肉を創る

夢の細胞農業 培養肉を創る

羽生雄毅
1,760円(02/21 14:43時点)
Amazonの情報を掲載しています
培養肉とは何か? (岩波ブックレット)

培養肉とは何か? (岩波ブックレット)

竹内 昌治, 日比野 愛子
572円(02/22 00:24時点)
発売日: 2022/12/06
Amazonの情報を掲載しています
フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義

フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義

田中宏隆, 岡田亜希子, 瀬川明秀
1,782円(02/22 04:19時点)
発売日: 2020/07/23
Amazonの情報を掲載しています
マッキンゼーが読み解く食と農の未来 (日本経済新聞出版)

マッキンゼーが読み解く食と農の未来 (日本経済新聞出版)

アンドレ・アンドニアン, 川西剛史, 山田唯人
1,980円(02/21 20:41時点)
発売日: 2020/08/22
Amazonの情報を掲載しています
クリーンミート 培養肉が世界を変える

クリーンミート 培養肉が世界を変える

ポール・シャピロ
1,782円(02/21 12:47時点)
発売日: 2020/01/09
Amazonの情報を掲載しています
培養肉の入門書: 趣味・興味・投資・事業の入り口に 培養肉シリーズ

培養肉の入門書: 趣味・興味・投資・事業の入り口に 培養肉シリーズ

石井金子
498円(02/21 23:38時点)
発売日: 2022/02/20
Amazonの情報を掲載しています
PAGE TOP