出典:虫秘茶
イモムシなどの幼虫のフンから作る「虫秘茶(ちゅうひちゃ)」。
開発した丸岡毅さんが見据えているのは、虫秘茶を広めることだけではない。自然界には、人類がまだ知らない味や香りが無数に存在しているのではないか。虫秘茶を通じて、「食の境界線」が広がる瞬間を見届けたいという。
「食べ物ではなかったものが、いつ、どうやって食になっていくのか。そこに関心があります」
一見すると奇抜な虫秘茶だが、その背景には植物と昆虫が長い時間をかけて築いてきた関係と、そこから風味を引き出す科学的な仕組みがある。
昆虫×植物で生まれる「無限」の風味

出典:虫秘茶
虫秘茶は、ガなどの幼虫に植物の葉を食べさせ、排出されたフンを乾燥させて、お湯を注いで飲むお茶だ。京都大学大学院に在学中に開発した。
これまでに、桜の葉を食べた虫のお茶、リンゴの葉を食べた虫のお茶などを開発してきた。
「虫を使わずに、普通にお茶にすればいいじゃないか」と言われたこともある。
丸岡さんは、「虫が関わることで、フレーバーがフルに引き出されます。実際に飲んでみると、その違いがわかります」と話す。
そもそも、なぜ虫を使うのか。
丸岡さんによると、植物は虫から身を守るため、さまざまな「防御物質」をつくっている。人間が爽やかと感じる香り、苦味、渋味などの風味は、もともとは植物が虫に食べられにくくするために獲得してきた性質だという。
こうした物質は、植物自身にも有害になり得る。そのため、葉の中では「前駆体」と呼ばれる、活性化する前の状態で蓄えられている。虫が葉を食べて、虫の消化酵素と反応したときに時に作動する仕組みだ。

丸岡毅さん 出典:虫秘茶
植物と虫とは、1億年単位の時間をかけて、食う・食われる関係の中で共進化してきた。
植物が防御の仕組みを発達させる一方、虫もそれを克服して植物を食べる仕組みを発達させてきた。その関係を、風味を引き出すために利用する。
葉の香りや風味を存分に引き出すには、葉を粉砕しただけでは不十分で、虫の力が必要になるわけだ。
こうして虫の消化プロセスを経て排出されたフンには、植物が持つ香りや風味の物質が凝縮されており、「茶葉として完成されたもの」になっているという。
「桜の葉、リンゴの葉など、同じ葉でも虫が変われば、そのかみ砕き方や消化環境が変わるため、フレーバーも微妙に変わります」
葉が持つ物質と、虫の消化酵素が作用する一連のプロセスは、発酵に似ているという。植物と虫の掛け合わせの数だけ、新たな香りや味が生まれる可能性がある。これは、従来のお茶にはない虫秘茶の特徴といえる。
実際に飲んでみた

出典:虫秘茶
静岡県松崎町では、桜餅用のオオジマザクラの葉を利用している。
松崎町は、桜餅に使用される桜の葉の日本一の生産地で、全国シェアの7割を占める。通常、桜の葉から甘い香りを引き出すには、塩漬けして半年ほどかかる。一方、虫の体を介すると、5~6時間ほどで桜の香りが生まれるという。
また、虫秘茶は時間の経過とともに香りが強くなることがあるという。
創業からまだ3年程のため、10年、20年といった長期間の保存性はまだ検証できていない。しかし、2~3年前につくった虫秘茶では、香りが強くなっているという。
丸岡さんはその仕組みをこう話す。
桜餅の香りを生む成分にクマリンがある。昆虫の腸内は強いアルカリ性のため、排出された時点ではクマリンになる前の物質が一定量残っているという。保存中にフンが二酸化炭素を吸収して酸性に傾くことで、クマリンを生成する反応が進むのではないか、と丸岡さんは考えている。
筆者もサクラの虫秘茶を取り寄せ、実際に飲んでみた。
これは、サクラの葉を食べたモンクロシャチホコの幼虫のフンを乾燥させ、半年間熟成したものだ。

サクラの虫秘茶 Foovo(佐藤あゆみ)撮影
蓋を開けると、桜餅の香りが漂ってくる。お湯を注いで数分待つと、ピンク色がかったお茶ができた。香りも桜餅だ。
口に含むと、口の中に桜餅の香りが広がり、まるで桜餅を食べたような余韻がある。香りだけでなく、お茶自体に桜餅のような味わいがあることに驚く。この風味は、お茶が冷めるとさらに際立った。
「自分は今、桜餅を食べただろうか」と思ってしまった。

サクラの虫秘茶 Foovo(佐藤あゆみ)撮影
さらに、フンをアルコールで蒸留したものと、フンを水で抽出したものを重ね合わせた、リキュールも開発し、販売している。炭酸で割ってみると、しっかりと桜餅の香りと風味を感じられた。
虫秘茶およびリキュールは公式サイトで購入可能だ。
Nomaなど著名レストランが採用
2023年に、株式会社虫秘茶として法人化した。創業から約3年で、すでに国内外の著名なレストランに採用されている。
世界一のレストランと評されたデンマークの「Noma」は、最初の試飲で数キロの注文につながった。これまでに7、8キロの注文を受けており、共同プロジェクトについても話を進めているという。
大阪のレストラン「HAJIME」を始め、イギリスの「Humble Chicken」、アメリカの「OSITO」、シンガポールの「Born」などでも採用された。
丸岡さんは、一流のレストランに採用される理由についてこう話す。
「コンセプトがいいとか、珍しいというだけでは扱ってくれません。評価してもらっているのは、味と香りの部分です」
2026年7月からは、長野県小布施町でリンゴの葉を使った虫秘茶に取り組んでいる。空き家を借り、完全屋内で虫を飼育している。
虫に葉を食べさせ、フンを集める。一見するとシンプルな製法に見える。
しかし、一定以上の規模で生産しようとすると、虫秘茶ならではの難しさが立ちはだかるという。なぜ虫秘茶の量産は難しいのか。また、安全性はどう担保するのか。そして、昆虫を食品に利用することへの抵抗を、丸岡さんはどう捉えているのか。
後編では、虫秘茶を支える生産ノウハウと、丸岡さんの挑戦を聞く。
インタビュー後編:
「虫秘茶」を一つのお茶のジャンルに|量産の壁と、その先に描く構想【後編】
インタビュー実施日:2026年8月10日
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アイキャッチ画像の出典:虫秘茶












































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