世界で最初に培養肉を販売したイート・ジャストの培養肉部門GOOD Meatが、シンガポールで培養鶏肉の製造・販売を一時停止していることが明らかになった。
現地メディアThe Straits Timesによると、2023年1月より培養鶏肉を週1回提供していたシンガポールのレストランHuber’s Bistroでは現在、提供していないという。また、GOOD Meatが2023年中に開設計画を発表していたシンガポールの培養肉工場は閉鎖されていることが判明したとも同メディアは報じている。
同工場には6000リットルのバイオリアクターが設置されると当初発表されていた。
培養肉を世界で初めて販売したGOOD Meat
GOOD Meatは2020年12月の初販売以降、foodpandaと連携した世界初の培養肉デリバリー、地元で人気の屋台、会員制の高級レストラン、ホテルのレストランなど、時期毎に異なる販売戦略で培養肉を限定提供してきた。
Foovoもデリバリー、Huber’s Bistroでの培養肉試食を何度か試みたものの、試食にはいたらなかった。生産コストなど、培養肉を取り巻く種々の課題を考えるならば、シンガポール国内での製造・販売の一時停止は後退ではなく、GOOD Meatが戦略の立て直しのためにとった一時的な措置だと思われる。
GOOD Meatの広報担当者はThe Straits Timesに対し、供給が整えばHuber’s Bistroで再び培養肉を提供すると述べており、その時期は「まもなく」だとしている。また今年、シンガポールで生産量を例年の2倍にする計画も明らかにしている。
GOOD Meatの培養肉販売の一時停止は、培養肉という新興産業が世の中に登場してからまだわずか10数年であることを考えると、新技術が社会実装され、定着するまでの長い道における通過点なのかもしれない。
イート・ジャスト共同創業者・CEO(最高経営責任者)のジョシュ・テトリック氏も、販売認可を得る前の2020年10月に、培養肉の量産化まで15年以上かかるだろうと述べていた。
初期に注目され、数回の資金調達を受けたものの、課題に直面している企業は複数ある。培養魚のFinless Foodsは昨年、スタッフを多数解雇し、休眠状態が疑われている。ロブスター、エビを開発するシンガポールのShiok Meatsも、過去1年の間にスタッフの半数が離職し、現在は開発の焦点を培養赤身肉にシフトしていることが報じられている。
昨年、GOOD Meatと並びアメリカで販売認可を取得したUpside Foodsは、昨年9月に発表した大型工場の計画を一時中止したことが報じられている。
培養肉の商品化には忍耐、協力、イノベーションが必要
こうした培養肉企業の苦境について、Sustainable Food Ventures創設者のRyan Bethencourt氏は、10年前には存在すらしていなかった業界を、数十年にわたってスケールアップ、効率化を進めてきた補助金を十分に受け取っている業界(工業畜産)や関連するエコシステムにすぐには太刀打ちできないからという理由で、この産業を切り捨てるのはやや時期尚早ではないか、とAgFunderによるインタビューで述べている。
エストニア企業Gelatexの最高事業開発責任者Athanasios Garoufas氏は、培養肉の商品化までの道のりは有望ではあるが、前例のない課題を克服し、食品業界に新たな基準を構築するためには忍耐、協力、イノベーションが必要だと述べている。ベンチャーキャピタルだけですべての負担は背負いきれず、政府の関与と支援が不可欠だと同氏は強調している。
培養肉、培養魚をめぐる資金調達環境は厳しい状況にあり、一部の国では規制する動きもみられるが、政府による関心は高まっている。
高まる政府の関心、増える支援
イギリス政府は昨年12月、培養肉・発酵産業を含むエコシステムの推進に必要な資金を提供する工学的生物学の国家ビジョン「National Vision for Engineering Biology」を発表。今後10年間で総額20億ポンド(約3800億円)を工学的生物学に投資するとした。
この国家ビジョンの中で、イギリス政府は同国の培養肉産業が規制障壁のために抑圧されるリスクを認識していることに言及し、業界の障壁撤廃に向けて規制機関と選択肢を検討していると述べている(ビジョンp34-35)。
先月にはイギリスのスタートアップ企業が培養肉プロジェクトに対しイギリス政府より50万ポンド(約9500万円)の助成金を獲得している。チェコ政府も培養肉企業に約3200万円を資金提供している。
韓国では先月、食品医薬品安全処(MFDS)が培養肉・培養魚の基準を改正し、企業が承認申請するための手続きが明確化された。ブラジルでは新規食品の規則に関する決議がまもなく発効となる。
国内でも、農水省の中小企業イノベーション創出推進事業に採択されたインテグリカルチャーに最大18億円の補助金交付が発表されるなど、政府の支援は増えている。
数多くのフードテック企業を支援してきたBig Idea Ventures創設者のAndrew Ive氏は、「長期的な食料安全保障の鍵は代替タンパク質にあると考える世界中の政府からの関心の高さに励まされています」とAgFunderに述べている。
参考記事
Cultivated meat producer Eat Just pauses operations in Singapore
GOOD Meat Temporarily Pauses Cultivated Chicken Production in Singapore
関連記事
アイキャッチ画像の出典:GOOD Meat