- ベジタリアン、ヴィーガンでないなら代替肉は必要ないのでは?
- 日本は肉より魚を食べる国民だし、もともと大豆料理が多いんだから、代替肉はいらないと思う。
- 日本人はそもそも代替肉を必要としていないでしょ?
- 海外が代替肉に取り組んでいるからって日本もやる必要あるの?
今回の記事では、上記のような疑問を持つ人に向けて、
✅代替肉がなぜ今、求められているのか
✅世界中で代替肉の開発に取り組む企業が急増する背景
について、環境負荷・食糧危機・感染症の3つの側面から解説してみたい。
Table of Contents
なぜ今、代替肉が求められているのか?
代替肉が求められる背景には動物愛護の観点ももちろんあるが、
むしろ、食品による環境負荷の観点から、国内外で事業を立ち上げるスタートアップが急増している。
代替肉が必要な理由は大きく3つに分類される。
・温室効果ガスによる地球温暖化
・人口増加による食糧危機
・動物由来の感染症
温室効果ガスによる地球温暖化
FAOによると、家畜から排出される温室効果ガスは、温室効果ガス全体の14.5%に相当する。これは世界の自動車から排出される量に相当する。
家畜の中で温室効果ガスを最も排出する動物は牛で、全体の約65%を占めている。
こうした温室効果ガスは、家畜の糞尿、消化によるガスがげっぷとなって放出されることによるもの。牛のげっぷはメタンを多く含むが、メタンは二酸化炭素の約25倍の温室効果があるため、気候変動に与える影響度が大きい。
家畜が地球温暖化に与える影響を考える上で、飼料の栽培も見過ごせない。
畜産動物の飼育にかかる最大のコストは飼料代だと言われている。
大量に必要となる飼料は、間接的に地球温暖化に影響を及ぼしている。
農林水産省によると、牛肉1kgを生産するために11kgの穀物が必要となる。
畜産物の生産には、その何倍もの穀物を用意する必要があり、農地の大部分を畜産が占めている。
例えば大豆を例にとると、動物を飼育するために、大豆の大半が使用されている。
大豆を栽培するには当然だが、土地が必要となる。人口が増え、食肉の需要が高まり、必要な家畜数が増えれば、必要な土地はさらに広大となる。
家畜を育てるための飼料の栽培が、森林伐採の原因となっており、人類が肉を食べれば食べるほど、生態系が破壊される状況を招いている。
つまり、畜産による地球温暖化の背景には、①家畜による温室効果ガスの排出と、②家畜用飼料栽培のための森林破壊があげられる。
家畜の飼育に必要な農業用地は77%を占め、人が消費する食料用農地の3倍以上になる(下図グラフ)。
これだけの農地を要するにも関わらず、家畜由来のタンパク質は全体の37%にすぎない(上図グラフ)。
FAOは、食料・畜産用飼料の栽培に使用するために、牧草地または耕作地への転換で毎年130億ヘクタールの森林が失われていると指摘している。
畜産による地球温暖化がなぜ問題なのか?
国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、地球の気温が2度上がることがもたらす破壊的な悪影響について次のようにまとめている。
2度の気温上昇で
・サンゴ礁は完全消滅し、
・海面が10cm上昇し、1000万人が洪水の被害を受ける
このレポートは、気候変動に対処するには、二酸化炭素の排出量を2030年までに2010年と比べ45%削減する必要があると指摘。
つまり、地球を救うために残された時間はあと9年となる。
ヨーロッパの代表的なシンクタンク、イギリスの王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)は、畜産業は温室効果ガス排出の主要要因であり、
「破壊的な温暖化を防止できるかどうかは、食肉・乳製品の消費量の削減にかかっている。(略)
世界の食肉・乳製品の消費量を減らさない限り、地球の気温上昇を2度以下に抑えるのは難しい」
と指摘している。
人口増加による食糧危機
2050年には世界人口が97億人に達する(2019年は77億人)と予想される。
人口が増えれば、必要となる食料も増える。
農林水産省が2019年に発表した資料によると、世界の食糧需要は、2050年には2010年比1.7倍となり、なかでも畜産物は1.8倍、穀物は1.7倍になると予想される。
同資料では、穀物の需要増の原因として、畜産用の飼料需要の増加をあげている。
さらに、経済発展により低所得国の食糧需要は2010年の2.7倍になると予想している。
FAOも、肉の世界的な需要は増加し続け、2050年には2005年の2倍になると予想している。
つまり、人口増加と経済発展により食肉の需要が増すことで、穀物の需要も高まる。これにより、さらに多くの飼料を栽培するため、より多くの土地が必要になるという、負のスパイラルになる。
FAOによると、世界的に、動物を飼育するために生産される作物の40%が人間に直接消費され、家畜の飼育用により牧草地を効率的に活用すれば、2050年時点で90億人の人々の胃袋を満たすだけの十分な耕作地があるとしている。
つまり、人間が肉を食べるために、森林を破壊し、土地を確保し、穀物を育て、家畜を飼育するのは非効率な生産システムであり、人口が増えるにつれてこの生産システムには限界が生じることがわかる。
動物感染症のリスク
代替肉が求められる背景には、気候危機、人口増加による食糧危機に加え、動物による感染症問題もあげられる。
現在、畜産動物の多くは過密な飼育環境で飼育されている。
高密度に飼育する集約畜産には倫理的な問題があるほか、成長を早めるためのホルモン剤・病気を予防するための抗生物質の過剰使用も問題になっている。
抗生物質は治療には役立つが、必要な場合にのみ使用しなければ、抗生物質へ耐性が生じ(抗生物質が効かなくなること)、人間・動物に効かなくなる可能性がある。
人間に耐性菌が生じれば、本来であれば治療できるはずの疾患を治療できなくなる。
既知の感染症10個のうち6個以上が動物由来とされ、新規感染症については、75%が動物由来であると科学者らは推定している。
WHOが把握しているだけで200種類以上の動物由来感染症があるといわれ、うち約60種が日本でも認められている。
日本では2020/21年シーズンに鳥インフルエンザによる殺処分された数は711万羽と、1シーズンでの被害としては過去最多となっている。
(2月には茨城最大の養鶏場で感染が確認され、84万羽が殺処分されている)。
人間が肉や鶏卵を食べるために動物を飼育する現状が続く限り、感染発生の度に大量の殺処分が続く。
鳥インフルエンザが人へ感染することはまれだとされるが、コロナウイルスの発生によって世界が一瞬で変わったように、動物を過密な環境で飼育し、動物が感染したら殺処分を繰り返す今のやり方を早急に変えなければ、第2の未知のウイルスが発生する可能性は無視できない。
現に、モンペリエ大学の論文によると、牛の増加と人間の病気の発生数に正の相関があること、地球上の家畜が増えることは生物多様性に脅威になるだけでなく、人間や動物の健康面のリスクを増大させることが報告されている。
上記で触れなかった点も含め、畜産の課題をまとめると次のようになる。
・畜産による土地利用率の悪さ
・大量の水の使用
・排泄物による水質汚染
・ゲップ・糞尿による温室効果ガス
・動物肉による健康へのリスク
・過密な飼育による動物感染症の恐れ
上記のとおり、気温上昇を2度未満に抑える緊急性、約100億人の胃袋を満たす新たな供給手段、次のパンデミックを防止するために、代替肉が求められている。
動物愛護の側面ももちろんあるが、環境問題・感染症・食糧危機という3つの点で地球規模での対応が求められていることが背景にある。
代替肉の分類(植物ベース/細胞ベース/発酵ベース)
代替肉についてわたしの解釈でまとめると、
「動物を殺さずに本物の動物肉に味、風味、食感を限りなく近づけたもの、あるいは本物そっくりな味、風味、食感を再現したもの」
と定義することができる。
代替肉をはじめとする代替タンパク質は大きく次の3つに分類される。
・植物ベース(プラントベース)
・培養ベース(細胞培養)
・発酵ベース(微生物発酵によるもの)
現在、上記3つのうち、最も市場に出回っているものは植物肉となる。
植物ベース(プラントベース)
日本では大豆ベースの植物肉が主流だが、世界的には大豆、えんどう豆、ひよこ豆、ピーナッツ、小麦、じゃがいもなど多岐にわたっている。
有名なブランドは、アメリカのインポッシブルフーズ、ビヨンドミートがある。
インポッシブルフーズは、タンパク質源には大豆とじゃがいもを使用し、肉らしさを再現するために、コア成分となる植物由来の「ヘム」を使っている。
このヘムは、遺伝子組換えした酵母を発酵させて作っており、インポッシブルフーズの植物肉を本物に近づける重要な成分となる。
ビヨンドミートはエンドウ豆をベースにした代替肉でアメリカ、ヨーロッパ、中国など海外進出のスピードが速い。マクドナルド、ヤムブランズ、ペプシコなど大手と提携するなど、サプライヤーとしての存在感を急速に増している。
最近では食肉加工のタイソンや、ネスレなども代替タンパク質に参入しているほか、アメリカ、イスラエル、アジアなど各地域のスタートアップの台頭が目立つ。
中には3Dプリンターによってステーキ肉を開発した企業もいる。
アジアで代表的な代替肉プレーヤーには香港発のグリーンマンデーがおり、日本にも導入されている。
細胞ベース(細胞培養)
動物から採取した細胞を「種」として、バイオリアクターで栄養を与えながら成長させるものが培養肉となる。
植物肉との違いは、培養肉は本物の動物肉であること。
わかりやすく説明すると、土で育てる野菜が動物肉で、水で育てる野菜が培養肉ということになる。
野菜を土で育てるか、水で育てるかの違いが、
生きた家畜を殺して肉にするか、細胞をバイオリアクターで培養して肉にするかにあてはまる。
オックスフォード大学の研究論文によると、細胞ベースの培養肉は畜産肉よりも排出する温室効果ガスを78-96%削減できるほか、使用する土地・水は畜産肉と比べてそれぞれ99%、82-96%少なくすむ
培養肉は、肉愛好者たちが満足できる代替肉としても期待される。
培養肉には、コスト、大量生産、人々の受容性、法整備という課題があるものの、最近ではコストダウンに成功している事例もあり、パイロット工場建設のフェーズへ移行する企業も増えている。
世界的なコンサルタント会社AT Kearneyの報告によると、2040年には肉全体の6割は培養肉か植物肉になると予測される。
これまでに販売された事例は、アメリカ企業イート・ジャストのみ。2020年12月にシンガポールで同社の培養鶏肉が世界に先駆けて販売された。
同国ではレストランでの販売に加え、培養肉料理のデリバリーも実施されている。
難しいとされたステーキ肉などブロック肉の開発も進んでおり、直近ではイスラエルのアレフ・ファームズがバイオ3Dプリンターによる培養リブロース肉を開発している。
培養肉の販売許可がおりた国はシンガポールのみだが、順調にいけば年内に、アメリカでも細胞培養による肉、魚肉が販売される可能性がある。
日本については、来年にイスラエル企業アレフ・ファームズの培養肉が三菱商事との提携により導入される可能性がある。
さらに、国内では政府の有志議員が細胞農業の勉強会を開始しており、実用化に向けて、法整備や安全基準の策定を進める議員連盟が今秋にも発足されることになっている。
微生物ベース(微生物発酵)
植物肉、培養肉に次いで、代替タンパク質の第3の柱として注目されるのが、微生物を発酵したタンパク質となる。
微生物発酵では、代替肉よりも代替乳製品での開発事例が目立つ。
代替肉では、菌糸体をベースにステーキ肉を作るMeati Foods、Libre Foods、菌類から代替肉を作るNature’s Fynd、菌糸体からベーコンを作るAtlast Foodといったプレーヤーが登場している。
ここでは詳細は割愛するが、微生物発酵は大きくバイオマス発酵と精密発酵に分類される。
上記であげた企業はいずれもバイオマス発酵技術を活用している。
これに対し、微生物に作りたいタンパク質の情報をプログラムし、微生物を「作り手」とする精密発酵は、将来的に乳産業を根本から変える可能性を秘めるものとして近年、注目されている。
海外シンクタンクのRethinkXは、2025年頃には、精密発酵による乳タンパク質の生産コストが家畜牛による生産コストと同等レベルになり、2030年には大きく逆転することを報告している。
これにより、2030年までに米国の乳牛数が半減すると指摘している。
つまり、精密発酵は乳産業全体を変革させる可能性をひめており、すでにこのポテンシャルをにらんで多くのスタートアップがアニマルフリーな乳製品の開発でしのぎを削っており、このリストに大手ネスレも(細胞培養技術により)加わろうとしている。
代替肉市場の急速な盛り上がり
参考までに、代替タンパク質のカオスマップの推移を見てみると、2018年から3年で参入プレーヤーが急増していることがわかる。
特に、2018年に参入企業が急増しており、その後も増加していることがうかがえる。
2018年1月のカオスマップ▼
2018年9月のカオスマップ▼
2021年1月のカオスマップ▼
現に、2020年は、歴史的にも最も多くの資金が植物ベースのタンパク質に集中した1年となっている。
2020年に植物ベースの肉、卵、乳製品に集まった資金は21億ドルで、これは2019年に調達した6億6700万ドルの3倍となる。
特に注目したいのが、植物ベース食品への出資は、2020年の1年だけで過去10年に集まった調達額の半分に達していること。この中には、インポッシブルフーズの7億ドルが含まれている。
培養肉については、2020年の投資額は2019年の6倍となる、3億6000万ドルとなっている。
2021年になってからは、特に培養肉企業への出資が目立ち、半年で19社が資金調達を実施している。
こうした動物肉に代わる代替肉の台頭は、食肉産業にとっては脅威となりうるが、海外では、食肉産業向けのサービスを提供しようという企業も登場している。
Future MeatやInnocent Meatなどの培養肉企業は、代替肉の普及とともに停滞・反発が予想される業界をターゲットに、培養肉生産を可能とするプラットフォームの提供を目指している。
食肉加工大手のタイソンフーズは、100%植物ベースの代替肉ブランドを販売しており、今後は動物性食品を一切含まない製品作りを公言している。
今後は、Future Meatなどのスタートアップがタイソンなど大手と提携することで、培養肉の大衆化が加速していく展開も考えられる。
食品・日用品大手のユニリーバは、今後5年で植物由来の肉・乳製品の売上目標を10億ユーロにする目標を発表し、傘下の代替肉ブランドのバーガーキングへの植物肉導入を急ピッチで進めている。
日本では植物肉企業ネクストミーツがアメリカ上陸を果たし、植物肉DAIZは国内の植物肉企業では国内最大となる18.5億円を4月に調達したばかり。
日本のスーパーに並ぶ代替肉にはまだ限りがあるものの、海外の動きに牽引される形で、代替肉の開発が加速していくことが予想される。
※アイキャッチ画像の出典:ビヨンドミート