今年、中国の培養肉企業2社に対し資金調達が実施された。
この記事では、中国の培養肉業界の現状について、政府による政策、企業別の動向、アグテック・フードテック全体における投資動向、キーパーソンが提唱する法規制枠組みの概要についてまとめた。
中国政府による培養肉政策の概要/注目の動き
国家主要研究開発プログラムを始動
中国科学技術省は2020年後半に、「緑色生物製造」という国家主要研究開発プログラムを始動。植物肉、培養肉の製造は、本助成金によって支持される26の研究プロジェクトの1つとなる。プロジェクト全体には計6億人民元が投入され、代替タンパク質の研究開発には2700万元が投入されると推定される。
高効率な生物学的製造技術
2021年6月、「代替肉の高効率な生物学的製造技術(中国語:人造肉高效生物制造技术)」と題された3年間の政府資金によるプロジェクトが発表された。中国トップの農業科学プログラムの1つである江南大学が本プロジェクトを主導する。
本プロジェクトは培養肉について、筋肉細胞の生産コストを80%以上削減すること、培養肉に関する大規模で低コストの培養等について30以上の特許出願の実現などを審査基準として挙げている。
中関村フォーラム2021で「バイオ3Dプリンターによる培養肉の最新研究成果」を発表
2021年9月25日、中国肉食品総合研究センター(中国語:中国肉类食品综合研究中心)と北京食品科学研究所が 2021年中関村フォーラムにおいて、「バイオ3Dプリンターによる培養肉の最新研究成果」を発表した。
フォーラムで研究チームは、食用材料を含む混合細胞の3Dプリンターモデル、3Dプリンター用の細胞懸濁液、バイオ材料の模倣物質、独自開発したインクを展示した。ブースでは培養肉の3Dプリンティングのデモも実施した。
中国肉食品総合研究センター、北京食品科学研究所の王守偉教授は「3Dプリンターは培養肉生産における重要課題に独自のソリューションを提供してくれる。特に、タンパク質、脂肪、ほかの栄養素の含有量を調整し、本物そっくりな質感を提供する」と述べた。
※中関村フォーラム2021は、中国科学技術部、中国科学院、中国科学技術協会、北京市人民政府が共同で開催するもの。
2020年の両会で培養肉が議題に
孫宝国政協委員が「培養肉研究を行い、先進国が技術を独占している状況を打破すること。中国の将来の食肉供給を確かなものとして、代替肉開発のトップの座に立つこと。これらには戦略的に重要な意義がある」と述べ、代替肉の開発を強化し、法規制を整えるよう呼びかけた。
中国(本土)の培養肉企業3社の動向・資金調達
■Joes Future Food
中国で最初に培養肉の試作品を発表した企業。南京国家農高区を拠点とする。南京国家農高区は2019年に中国国務院が建設を認可した産業モデルエリアで、ここに集まるプロジェクトの投資額は約802億円に達し、中国屈指のイノベーションが集結するエリアとなっている。
イノベーションハブの中には南京農業大学があり、周光宏教授(上記写真)が研究の中核にいる。幹細胞の増殖を制御するうえで重要なシグナル伝達経路と抑制因子を発見、生体内の環境を模倣することに成功。生産効率は10倍に向上した。2020年11月に開催された中国培養肉サミットで、現在の生産コストは100グラムあたり約30000元(約5万円)と語っていた。
最新のラウンドで調達した資金で実証プラント建設、コスト削減を図る。
これまでの資金調達
2021年10月にシリーズAで7000万元(約12億円)を調達。
出資者:Matrix Partners China、Hillhouse Capital Group、Crystal Stream Capital、Nanjing Innovation Capital Group
2020年12月にエンジェルラウンドで2000万元を調達。
出資者:Matrix Partners China
■CellX(上海食未生物科技有限公司)
3Dプリンターを活用して培養肉を開発する。2021年9月に培養豚肉の試作品を発表した。これまでに生産コストを5分の1まで削減。2022年には10分の1に削減し、2025年には動物肉と同等価格にすることを目指している。浙江大学と協業している。
これまでの資金調達
2021年3月にシードラウンドで430万ドル(約4億9000万円)を資金調達
出資者:ZhenFund、K2VC、Sky9 Capital、Lever VC(米)、Modern Venture Partners(米)
2020年12月にプレシードで50万ドル(約5700万円)を資金調達
出資者:Lever VC(米)、Agronomics(英)、Humboldt Fund(米)、Purple Orange Ventures(ドイツ)
※Agronomicsはイギリスのベンチャーキャピタルで、代替タンパク質が世界の食品産業を完全に変えると考える投資家ジム・メロン氏が社外取締役を務める。
AgronomicsはCellXのほかに、Meatable、BlueNalu、モサミート、Shiok Meats、Formo、ソーラー・フーズ、New Age Meatsなど注目の培養肉・発酵タンパク質企業にも出資している。
※ZhenFundは、ニューオリエンタルの共同創設者であるBob XuとVictor Wangによって2011年に設立された北京を拠点とするベンチャーキャピタル。中国で最大のエンジェル投資家の1つと見なされている。ZhenFundは中国の投資会社セコイア・キャピタル・チャイナとの協力により設立された。
■SiCell
公式ホームページはない。創業者は吴嘉婧氏。培養肉用の培地を開発という報道もあるが、2019年の中国報道によると、培養油脂で市場参入を検討している。
培養油脂に取り組む理由として吴氏は、①肉の重要な風味であること、応用範囲が広いこと、②現行の動物脂肪は高く、培養肉の生産効率が向上すれば、培養油脂にコスト面でのメリットがあること、③筋肉組織の培養に比べ、脂肪組織は技術的ハードルが低く、早期に商用化できることを挙げている。
2019年の時点で、2年以内に試作品を発表、3-4年以内に市販化したいと語っていた。イスラエルのFuture Meatをベンチマークしている。
これまでの資金調達
中国アグテック・フードテック全体でみた培養肉への投資動向
AgFunderのレポートによると、2020年、中国のアグテック、フードテック分野に対する投資額は前年比66.1%増となった。
特に川上向けサービスを手掛ける企業には60億ドルのうち23.7%の14億ドルが集まった。
中国のアグテック、フードテック全体において、培養肉、植物肉など「革新的な食品」に対する2020年の調達額は全体の2%と少ないが、2020年には取引数では全体の8%を占め(下図青色)、2019年から2020年にかけて大幅に増加した。調達額、取引数では他カテゴリーに及ばないが、同レポートは、「2020年に最も活発だった」6カテゴリーの1つに選定している。
豚コレラの影響に加え、若者を中心に、コロナウイルスの感染拡大による食の安全性、サステナビリティに対する意識向上が背景にあると考えられる。培養肉、植物肉など「革新的な食品」に対する投資動向に焦点をあてると、中国企業の多くはシード、シリーズAとアーリーステージにある。
具体的な企業別のラウンドは下記のとおり(植物肉、培養肉を記載。クリーム色が培養肉)。
企業名 | 拠点 | ラウンド | 最新ラウンド時期 | 直近の調達額 |
グリーンマンデー | 香港 | シリーズA | 2020年9月 | 7000万ドル |
スターフィールド | 中国 | シリーズA | 2020年10月 | 1億元 |
Avant Meats | 香港 | シード | 2020年12月 | 310万ドル |
Joes Future Food | 中国 | シリーズA | 2021年10月 | 7000万元 |
Vesta Food Lab | 中国 | シリーズA | 2020年7月 | 1400万元 |
Hey Maet | 中国 | シリーズA | 2020年12月 | 非公開 |
Herotein (旧称Hero Protein) |
中国 | シード | 2021年8月 | 非公開 |
CellX | 中国 | シード | 2021年3月 | 430万ドル |
※資金調達情報はクランチベースを参照
調達額トップは香港のグリーンマンデー、中国本土のスターフィールドとなる。培養肉は規模では植物肉に劣るものの、投資家の注目を集めている。Joes Future Foodに出資するMatrix Partners Chinaは植物肉のスターフィールドにも出資している。
中国のアグリフード全体でみると、Avant MeatsとJoes Future Foodはシード調達額順位で上位10社にランクインしている(下図)。
シリーズAの調達順位で上位10社に入っている代替肉企業は、植物肉企業のグリーンマンデー、スターフィールドのみとなり、今後は現在シード段階にあるCellX 、Avant Meats、シリーズAに進んだJoes Future Foodなど培養肉企業がどれだけ資金を調達できるのか、動向が注目される。
中国の培養肉市場で今後予想される展開
中国では培養肉の販売は承認されていない。中国肉食品総合研究センター、北京食品科学研究所の王守偉教授は、培養肉を「新規食品素材」として定義し、「新規食品原料安全性審査管理弁法」に基づいて管理することを提案している。
同教授は、細胞バンクの管理、細胞の増殖・分化・採取、細胞の食品化に関する加工、足場材料、培地など培養肉の生産プロセス全体についてガイドラインとなる標準化技術文書を作成することも推奨。培養肉の性質が明確にわかり、かつ畜産肉とはっきりと区別でき、さらに消費者が受け入れやすいラベル・表示規制を制定する必要もあると述べている。
王教授は市販化までのスケジュールを下記の3段階に分けて考えている。
~2025年:小規模な技術システムを構築/単一製品を作成/培地の動物性成分を一部代替/培養肉の技術ガイドライン・製品規格を制定/三次元足場材料の小規模な研究開発
~2030年:中規模な技術システムを構築/製品のタイプの拡大/製品の風味と食感を大幅に改善/脂肪、細胞外マトリックスなどさまざまな細胞の培養と成形を実現/異なる種細胞の効率的な抽出/三次元足場材料の大規模な研究開発/独自のバイオリアクターを開発/低コストな無血清培地を実現
~2035年:大規模な技術システムを構築/工業化を実現/サポート機器、消耗品、試薬を国産し、生産コストを削減/人々の食肉需要をより満たすような栄養、食感、風味など備えた豊富な製品を開発
2035年の段階では、イノベーション能力、産業レベルを、世界をリードするレベルまで引き上げ、培養肉の技術・イノベーションでは世界の中心となっている構想を描いている。この予定通りに行くか、前倒しとなるかについては、政府やベンチャーキャピタルからの資金供給の規模にもよる。
今後予想される展開としては、イート・ジャスト、Mision Barnsなど、海外の培養肉プレーヤーが中国に進出してくると考えられる。
まず参入が考えられるのが、米イート・ジャスト。
同社は2020年12月にシンガポールで培養肉を販売したが、創業者のジョシュ・テトリック氏は過去の報道で、アメリカの次に中国でも販売許可を取得できるだろうとコメントしている。
同社は中国のほか、アメリカ、カタールでも販売許可取得に向けて動いており、2022年にアメリカ、カタールで培養肉が販売される可能性がある。緑豆をベースとする代替卵では中国参入済みであるため、消費者の認知度も比較的あるため、培養肉の販売では有利な立場といえる。
培養油脂の開発を手掛けるMission Barnsは、中国の植物肉企業Heroteinと培養ハイブリッド肉の開発で2021年10月に提携した。Mission Barnsは同年4月にシリーズAで2400万ドルを調達し、サンフランシスコベイエリアに実証プラントを建設している。
11月にはソーセージなどを販売する食肉加工業者Silva Sausageと提携し、すでに培養油脂を使った培養ソーセージのスケールアップ生産を完了している。
これに対し、中国本土のJoes Future Food、CellXは試作品を発表、資金調達も実施しているが、2社とも直近の具体的なスケジュールは公表していないこと、イート・ジャストは市販化まで進んでいることから、中国市場への投入では海外プレーヤーが現地企業より先行すると思われる。
あるいは、Heroteinのほか、Hey Maet、Youkuaiなど現地の植物肉企業と協業する培養油脂スタートアップによる中国参入や、中国企業SiCellと現地の植物肉企業との提携も考えられる。
中国人向けの培養魚を開発する香港のAvant Meatsは、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)、ベトナムのビンホアン水産(VHC)、中国のバイオ医薬品企業QuaCellと提携しており、現在シンガポールに建設中の実証プラントは2022年までに設立される予定。Avant Meatsは先にシンガポールでの承認を視野においていると予想される。
参考記事
Look closer: China is quietly making moves on cultivated meat
China AgriFood Investment Report
关于国家重点研发计划“绿色生物制造”重点专项2021年度拟立项项目安排公示的通知
https://www.crunchbase.com/home
アイキャッチ画像の出典:南京農業大学